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2008年6月 6日 (金)

なぜ記事を事前に取材相手に見せないか

取材先から「記事を見せて」とたまに、いわれます。若いときはこれがうまく断れなくて苦労をしましたが、最近はさすがに(年の功で)まあまあ、うまく押し返せます。どういうかというと、「先生(取材先)のお名前で書かれる著作物、つまり寄稿などの場合はもちろんチェックをしていただきます。ですが、これは新聞社・編集記者がまとめるもので、日刊工業新聞に編集権があるので、お見せできないのです。きちんとしたマスコミはどこも同じ姿勢のはずです。危ないかな、と思ったらきちんとお電話で確認いたしますから、どうぞご理解ください」という具合です。相手がなかなか納得しない場合は、さらなるやりとりの中で「記事を見せてというなんて、ずいぶん常識がないですね」と言外ににじませます。「○社の記者は見せてくれましたよ」という相手には、「それは取材先におもねって商売している怪しい媒体か、駆け出しで自信がない記者が上司に隠れて見せるのか、どっちかでしょう。そんなのとおつきあいしているなんて、あなたの方が問題なのでは」というイヤミを、柔らかく言葉を変えて伝えることもあります。これで大体は納得してもらえます。それでもダメだったら? ボツですよ。「あーあ、時間を無駄にして悔しい。でもこういう人はたいてい、見せれば真っ赤に添削して返してくるし、この程度のつまらないニュースでいらいらをさらに募らせる必要もないから、あきらめよう」と考えます。

最近、同窓会関係でお手伝いしたインタビュー記事でそれがあり、大量の赤字を出されて苦労しました。これはそもそも同窓会関係なので、「マスコミの編集権」などと強いことをいわずにお見せしたのですが、写真の使いかたを含めたいへんな注文で…。その時、編集長に当たる人が上手に説明してくださったんですよ。つまり、「原稿を見せてくれないなら、取材に応じないという考え方は、まともな社会では通りません。例えば、一国の首相が、事前に原稿を見せて直させてくれるマスコミとしか会わない、といって、それが通る社会では、民主的な言論活動が展開できないでしょう。提灯記事(持ち上げ記事)しか存在しない社会に賛同されますか?」というものでした。

それから私も、自身が取材を受けてできた記事を見て、「私はこんな言い方は絶対しないのに」と悔しく思った経験があります。昨年のブログでも書きました。その時はマスコミ人として「加筆せず」のスタンスを、やせ我慢して貫きました。けれど後で思ったのは、「誤解されているのも含めて、自分はそう見られているんだ、と受け止めよう。インタビュアーの能力に文句を付けたかったとしても、それも仕方がない。社会的な要人なら、一流紙が一流インタビュアーを寄越すわけで、自分はまあ、そこまでは要求できないし…」という納得でした。そのうえで、取材を受ける方ができることとしたら、インタビュアーが誤解しないよう適切なやりとりを心がけるということでしょう。

と、本当はここで終わりたかったのですが、やはりそれだと一抹の嘘が混じりますので、続けます。どうしても諸般の事情からボツにできない重要な取材などでは、今の私でも事前にお見せすることがあります。ボツにするデメリットの方がはるかに大きい、ごく限られたケースですが。まあ、仕事でもなんでも、「原則をきちんと守るけれど、時には柔軟に対応をする」ということで…。ご理解くださいませ。

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