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2012年8月26日 (日)

ノウハウを伝えるということ

「ノウハウ」という言葉にはいい印象、悪い印象の両方があります。「手抜きですませる裏技」という意味を持つこともありますが、私は前向きの印象で使うことがすくなくありません。「無意味な精神的疲労を避け、早く本質的なものに到達するため、先達が後進に伝える大切なこと」ととらえているのです。今回の本「研究費が増やせるメディア活用術」でも、多くの人の目に触れる「まえがき」にそのことを記しました。「ジャーナリストによる類書が少ないのは、ノウハウ本はあまり高尚でないイメージがあるからでしょうか。けれども私は、本書がノウハウ本であることに誇りを持っています」と。

実は駆け出し記者の頃、早く力を付けたいと思い、技術に限らず一般の記者のノウハウを記した本を探したことがありました。ところが事件記者の実録とジャーリズム精神の本などは多いのですが、記者として動く時のあれこれを記した、今回の本のようなものはみつかりませんでした。理由としては「記者の仕事は職人仕事。現場で四苦八苦して(オン・ザ・ジョブ・トレーニングと称している)身に付けるべきもの。ノウハウ本を求めるのなんて邪道だ」とみているのではないかと想像しています。でも「大勢の人が身につけた方がよいノウハウは、伝授していいのでは? その先に、それぞれの個性をプラスして何ができるかこそが、問われてくるのだから」というのが私の考えです。

先日は、博士研究をした研究室に在籍する、技術経営(MOT)系の社会人学生の後輩らに、論文投稿のノウハウを伝えてきました。博士号を得るための査読論文は3本必要、というのが一般的です。一つの学会で3本でも構わないのですが、それだとその分野の(その分野でしか通じない)研究者になってしまう。私の今後の活動には、それはあまりプラスではないと考えて、五つもの学会に投稿した(得るものも苦しみも多かった…)経験を、話してきました。

厳しい論文査読はこれから、という皆にはよい刺激になったようです。例えば、「むちゃくちゃ厳しいコメントで投稿論文を批評する査読者だが、実はまったくの無報酬で多大なエネルギーを費やし、新たな研究人材を一人前にするための指導をしてくれている。感謝を忘れてはならない」という指摘は、皆にとって〔目からうろこ〕だったようです。

 会の後のCCメールでは皆の奮い立つ様子が明らかで、こちらも感激してしまいました。「『相手が真剣に取り組んでいるのなら助けてあげよう』という思い。支援を受けた方は期待に応え、そしてまた次の世代につなげていく。優れたコミュニティーとはそういうものなのでしょう」と、学会や査読者、指導教員、そして先輩それぞれの気持ちを重ねてコメントしました。併せて「研究は、基本的にはすべて一人でするもの。皆でもたれあってするものではないですよ」と釘を刺すことも忘れずに。

そう、ノウハウを共有し励まし合うコミュニティーと、独創的な視点を貫いてやり通す個の立場と。社会の豊かさにつながる重要な活動は、どちらか一方ではなしえないと実感しています。

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