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2007年2月

2007年2月27日 (火)

他マスコミに出ているかどうか、の重要性

先週、大きな記事を2本、書きました。読者のみなさんが「へえ〜」って思って読んでくれたのだとうれしいのですが、気づきました?そのうちの一つの取材奮闘記を。
この案件、実は7割方、諦めていたものだったのです。

これは、とある学長出席の記者会見でたまたま出た話でした。発表案件とは別の話を一般紙のN社が質問して、「さすがN社、唐突に関係ない質問ができる度胸はさすが」と感心していたら、学長が「その関係で、○する」って言い出して。ええっ、○?! すごい話じゃないですか。なんでこんな時に出るの? というのは、その日は金曜日で、日刊工業は土日が休刊なのです。N紙をはじめ各紙、明日付にどーんと書くんだろうなあ。この発表だって日刊工業は月付に小さく載せるというナサケナイ話なのに…。それでも会見終了後、各社が学長を囲んで聞き出すのなら私も側に寄らなくては、と思っていたのに、意外にもだれも寄っていかない。学長は一人で去っていく。うーん、なぜ? まあいいや、明日の新聞をチェックしてから、他の件とくっつけた取材で読み物に仕立てるとか考えよう、と判断しました。ところが、その翌日も翌々日も、ずーっと○の件が掲載されてこない。文科省の記者クラブには、文科省広報が毎日、やってくれる記事コピーがあるけれど、私はそう綿密にチェックしていない(だって大半が教育ネタだから)ため、私が気づかないうちに載っているという可能性もあって、ますます「どうしよう?」。

一般紙は、日刊工業が書いたネタでもその後にほとんど同じものを載せることが、たまにあります。一般紙の読者にすれば、日刊工業に出ていようと大半は知らない、つまり新しいニュースですから問題ありません。でも、逆はそうはいきません。ちゃんとした組織の広報は主要紙をくまなくチェックしていますから、「なんだ、一般紙が書いたネタを日刊工業があとから書いているぞ」と笑われるだけです。つまり、「他マスコミ(多くは新聞)に出ているかどうか」は記者の行動を決める、非常に重要な事柄なのです。

仕方がない、取材に行くことにしよう。それで、○の件ならA先生でしょう、と理事の下クラスの実力教授を知っていた私は、メールで直接、アポ。「○の件、他マスコミに出ていなければ取材したいのですが。そのほか△のその後などもお聞かせください」と伝えたメールの返事は「了解しました、お越しください」。うーん、○の件はどうなっているんだ…。取材の冒頭に聞くのも失礼かなと思って、中盤に確認しました。まだ出ていないニュースだってことを。「この件、他紙が反応しませんでしたか」と聞くと、「(広報には)問い合わせがあったみたいだけど、この話を知っているのは学長と僕だけだから」。問い合わせをしてきた記者はそれ以上、取材するツテがなかった、ということのようです。

というわけで、大きな記事を掲載させていただくことができました。よく書けましたねえ。○の件、と明らかにしないのはもちろん、具体例で詳細を示すと当事者に失礼だと思うからです。それともう一つ。「仕方がない、取材に行くか」と判断したのが、会見日からすごーくたってからのことだったのです。○の件、と明らかにすると、どのくらい私の行動が遅かったかが分かってしまうから、明らかにしない…という本音なのでした。

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2007年2月23日 (金)

同姓同名もいる…

以前、知人に「ネットで名前を検索してごらん。けっこう出てくるよ」といわれて試しました。今はこのブログもすぐひっかかるけれど、当時、どきどきしながら画面を見つめる私の前には、ある水環境(琵琶湖などを調べている)の研究者の対外報告がずらっと出てきて。同姓同名の大学の先生なんだ〜、と発見しました。その先生は今は電気通信大にいるらしい。電通大って、電気通信・機械がメーンだけど、意外に理学部っぽい先生も抱えているからね。で、電通大の知財関係の取材先に「どんな先生か調べてみてください〜」とねだったんだ。その後、返事がないから、忘れられているのだろうけど。

実をいうと、私が「本名」としている山本佳世子は、戸籍名ではありません。結婚した時に戸籍上は替わったから。山本はメジャーすぎるし4音で長いのに対して、新しい名字の方がかっこよかったのだけど、使える場ではすべて山本を使うようにしています。だって、これならエリザベステイラーみたいに何度、結婚・離婚しても平気だもーん(笑)。あと、犯罪者になってマスコミ社会面に出ても、戸籍名で扱われるなら知人には分からない。山本で載ってしまったら、仕方がないから戸籍名を新たに使い出せばいい、ということにして。どうです、二つ名前があるって、お得でしょ?

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2007年2月20日 (火)

生年月日が同じ先生を発見

同年代のA助教授を取材した時のこと。A先生「最近、同期のB先生は世界の研究者ランキングの○位に入ったんだ! すでに教授だし、同期なのにすごいよねえ。一度、取材にいってみたらどうですか」。大学時代から一緒じゃ、複雑なものもあるだろうに、A先生って素直でえらいなあ。私も両先生と同じ年学年と判明し、さらに「○省に行かれたCさんも年齢がお近いですよね?」などと、複数の知人が登場。「現役か浪人か」「早生まれかそうでないか」で盛り上がりさらに「僕は12月だから」「私もそうですよ。ちなみに何日ですか」で、なんと生年月日がすべて同じと発覚したのでした。

確率的には(どの日も同じ確率として)720人(365日の倍)が集まれば、同じ月日日の人がもう一人いる可能性は大、なのでしょう。でも、年まで一緒だったのは初めてでした。まあ、社会人の生活では、かなり親しくならないと誕生日の話などしないというのもありますが…。

=====で、今回も【つづく】。次回は同じ名前について。実は今週末〜来週頭はとても忙しいことが見えていて、でも一応はブログを週2と考えているので、二回に分けて書いちゃう、というズルです。なんだか、「会見が○日にあるから、この原稿は二つに分けて、片方はその前に掲載し、もう片方は1カ月くらい後に掲載しよう」という記事手配と似てきちゃっているかも…。

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2007年2月16日 (金)

研究室を担う大学院生のレベル

最近の大学院生の生活に興味を持ったのは、同業者の先輩格と話したのがきっかけでした。私は「科学技術関係の人材問題といえば、おもに企業の問題で、大学の研究職ではあまり関係ない」と思っていました。「日本の教育問題に端を発する、大学生の質低下の激しさは分かる。でも、多くは産業界へ出ていく人材だ。大学院への進学率は修士も博士も、10年前の倍、20年前の4倍といわれ、一方で教員ポスト獲得は法人化後の人件費削減などでものすごく難しくなっている。それだけに、これから大学の教員になる人は全体の中のうち、相当に優秀な層であるはず。だから、そう研究レベルは落ちないのでは?」と思っていたのです。

ところが、先輩格は「大学の研究成果を出すのは、教員というよりも、その指導の元で実験をする大学院生。学生のレベル低下は論文の質に大きく影響する」ということでした。なるほど、そうですね! 大きな研究室ならば教授、助教授など教員は3人いて、学生(大学院生と4年生が中心)は40人程度。たいへんな数を抱えています。ゆとり教育世代は今の学部1年生から始まっていて、4年後にはその学生らが大学院に進学してくる…。けっこう不安になります。

というわけで、取材対象である教員だけでなく、大学院生のことも少し知ってみようかなあと思って、先の(一つ前のブログで書いた)本を読んだのでした。それにしても取材先で時々、本をもらうけれど、なかなか読みきれないよね。前に本社が移転したときには、古本屋さんを呼んで部の本棚を見てもらったっけ。ごめんなさい、著者の皆様〜。

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2007年2月13日 (火)

大学院進学ガイドの本

おもしろい本を読みました。「失敗しない大学院(理工系&バイオ系)進学ガイド」(NPO法人サイエンス・コミュニケーションと日本評論社編集部編著、日本評論社発行)です。「学部生諸君、なんとなくの気分で進学すると、修士、博士、ポスドクと上がるにつれたいへんなことになるぞ」というものです。書き手はこの間までそのあたりにいた人たちで、文章的には「?」も少なくないのですが、体験者だけに読ませる内容となっています。

例えば、有名教授の研究室では、ネイチャーなど一流紙の論文に掲載されることを
目指している。そのため、学生が博士号を取得するために必要な、(そこそこの)論文誌へ投稿することを許してくれないケースがあり、結果として博士号が取れない、とか。業績が華やかな研究室を目指すのは普通だと思ったけれど、けっこう危険なんですねえ。

例えば、大学院生当たりの外部研究資金は、必ずしも旧帝大が強いわけではない、とか。トップは断トツの東大ではあるけれど、北陸先端科学技術大学院大が4位に食い込んでいる。これは、旧帝大は文科系の大学院生も多い(研究費がかかるので外部資金獲得に熱心な理工系だけではない)からかもしれないのですが、それを考えてもちょっと意外なランキングでした。

この本、実はいただいてから読まずにほおっておいたのです。通常の取材には関係ないと思ったから。でもその考えが変わったいきさつについて、次のブログで書きます。というわけで…【つづく】

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2007年2月 9日 (金)

科学技術コミュニケーションの記事化タイミング

「科学技術コミュニケーション」のまとめ記事を2月5日(月)付3面に掲載しました。これは、科技の重要性をもっと社会にアピールしよう、そのために一般社会と科学技術の研究者の橋渡しをする「科学技術コミュニケーター」を育てよう、という活動です。05年度に国の大きな予算がついて、各種の大学や科学館でこのための講座が本格化しました。でも、私はそのころ、この活動に懐疑的で、記事にするのを見送っていたのです。「科技コミュニケという新たな職業を打ち立てよう」「博士号取得者(ポスドク)をその担い手の一因にしよう」という雰囲気が当時はけっこう強かったのですが、それについては、私を含め周囲のマスコミ人はこぞって否定的でしたから。

マスコミ人は科技報道も、ジャーナリストとしての姿勢が基本だと皆、考えています。多くのマスコミは理工系出身者をとくに意識して採用しないのはそのためです。日刊工業新聞でも理工系出身の記者は、科学技術部で3割、編集局全体で1割くらいかしらん。だから、科技コミュニケを学んだ博士号取得者が科学記者を志望して来ても、一般紙だったら「最初は地方支局のサツ回りからいってらっしゃい」でしょう。専門家としては扱ってくれません。志望者とのズレが大きく、うまくいかないのでは、と思いました。また、職業として考えると、マスコミはもちろん、科学館の職員だって、たいした人数を採用できません。「新しい職業に」とあおっては学生が泣きを見る、と不安で記事にはできなかったのです。

けれども、この活動の手伝いを頼まれて、私自身、東工大大学院生のマスコミインターンシップの指導を手掛けました。理科教育の担い手である小中高の先生向けに、お茶の水女子大でサイエンス・ライティング講座の講師も務めました。そして、まさに現場の人間として、受講生側のプラス効果を感じたのです。さらに今回、数機関を取材してまわっての結論は、「一部は科技コミュニケのプロに育っていくけれど、多くは今いる社会人(職業人)の科技コミュニケスキルをアップする取り組みになっている」ということでした。これなら就職問題は生じません。よい形になっているのを実感し、「記事にするタイミングだ」と判断したのでした。

「そのうちにいい記事に」と思いを暖めているケースは、ほかにも少なくありません。まあ、「実は書くタイミングを逃してしまい、どうしようかと本気で困っている」というケースも、中にはあるのですが…。

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2007年2月 7日 (水)

電車内で広げた新聞で見覚えのある記事が

今朝の出勤時に電車の中で一般紙を開げて、「あれ?なんだ? 」と思った私。アサヒビールとカゴメの資本提携、JALの再建策といった大きなニュースに対し、「この話、すでに記事で読んでいるよね?」と。正解は、「編集委員の仕事として、デスクのお手伝いに前の晩、社に上がり、日刊工業新聞の記事として読んでいた」というものでした。

そうか、「デスクは一番最初の読者」といわれるけれど、「一般紙より先に日刊工業を読む、貴重な(数少ない)読者」なんですね。でも、普通の読者は(私もですが)、自宅や出勤時に一般紙を先に読むのが一般的。その後に職場で弊紙を読むと、「この記事はさっきの新聞で読み終えたからな。これも、それも。なんだ、読むところないなあ」との印象を持たれる可能性は大、と改めて思いました。発表ものでは「他紙にない視点を」と意識していたけれど、本文でちょっとがんばるくらいでは不十分、見出しからして他紙と違うくらい、大胆な書きかたをしないといけないんだな…。

それにしても、電車の中で新聞を読んでいる人って、ここ数年、激減していますよねえ? 新聞なしでテレビとネットで十分、という人が多数派になってきているのでしょう。昔は「新聞なんて、手も汚れるし、ばさばさするし、電車の中で読むのもカッコ悪いよね」と同業者間でおしゃべりしつつ、「でも読まずにいられないでしょう」というプライドがにじみ出ていた気がする。でも、今は本気でカッコ悪いのかも。少数派だけに、他の人の邪魔になっていないか頻繁に気にしながら、ページを繰っている私です。

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2007年2月 1日 (木)

講演者にサインをねだる

ある理工系大学の先生が、学生向けの講演会への参加を誘ってくれました。メーカートップが社の戦略を話すというもので、「時間があればいってもいいけど」という感じで欠席しました。ところが、聴講者は600人に上ったとか。「終了後、大勢の学生が周りを囲むわ、サインをねだるわ。(講演者は)帰るに帰れず、困ってた」と聞くに及んで、私は【社会とズレていた】ことを知りました…。

講演者は任天堂の岩田聡社長。そう、ニンテンドーDSとWiiで大人気の、任天堂の。ゲームをしない私でさえ、テレビCMで「Wiiってやってみたいな」と思うくらいです。ましてや、ヘビーユーザーであり、就職先の探索者であり、将来は投資家かもしれない学生にしては、聞きたいことだらけなのでしょう。問題行動が話題になった「裁判員制度」の講演会とは、人の集まり方が違いますね〜。教員らの反応も「話の内容も、プレゼンテーションも、最高だった」とか。行けなかったのは残念だなあ…。

大学の産学連携関係の講演・展示会などイベントも、人集めに苦労しますよね。某旧帝大が、「学長、副学長らずらり並べて初めて『東京フェア』を昨年、開いたが、人が200人も集まらなかった」と聞きました。2年ほど前ですが、別の旧帝大の東京シンポで、テーマがおもしろかったうえ「会見もする」とあったので出かけたところ、記者がほかにいない、ということがありました。私の前に、学長ほか4人ほどの先生がずらりと並び、面接みたい〜。先生方の気持ちをおもんばかって、一人で3つくらい質問してあげました。結局、その時に出てきたネタは、他紙に載らないオリジナルの記事として大きく書けたので、私にとってはよかったなあ。

講演がおもしろかった時は、私も終了後、真っ先に講演者のそばへ行きます。とにかく、名刺交換。周囲をみて同様の人がそう多くなければ、少し言葉を交わす。記者会見の時もそうです。アドレスと電話が入った名刺を先にもらってしまえば(たまーに、名前しか書いていない大御所もおられますが)、後で取材申し込みでも何でも手配ができる。でも、出遅れると別の人が長々と引き留めて…、という可能性がありますから。最近は、「すみません、名刺交換だけお願いします」と割り込むこともできるようになった(オバサン化?)けれど。でも、サインはねだることはないですよねえ。えっ、今日の日記のタイトルを見て勘違いしたって? 山本が講演者にサインをねだったんだろう、って?

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