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2008年3月

2008年3月25日 (火)

フレッシャーズ女性は男性より優秀か

今年の桜はフレッシャーズにとっていい具合になりそうですね。卒業式は今週あたり、入学式や入社式は来週というわけで、どちらでも桜が楽しめそうですから。

フレッシャーズや若手では「女性の方が男性より優秀で、元気がある」ってよくいわれます。私も最近、若い人との交流が増えて、そうかなと思うことがあります。例えば女性は比較的、語学が得意で海外にもどんどん出ていて、となると度胸があって機転も利く、という傾向です。でも、「女性の方が」という発言者が、男性の場合、「フェミニストぶるために(半分無意識、半分意識して)そういってる面もあるのかな」とちょっと、警戒します。だって、男性の大学院生や若手社会人にも、いうまでもなく優秀な人がいるわけですから。

一つ思うのは、私が関わっている分野(記者、理工系、産学官連携)では、その場に女性が少ないため、結果として優秀な女性が多くなる、という現象があるのかも、とうことです。つまり「男性は100人いて、能力的にも1番から100番までそろっている。でも女性は10人で、入試や採用を通ってきた以上、1番から10番しかいない」みたいな。たぶん、短大保育科・幼稚園とか看護学校(っていうのかな?)・介護施設とか、女性が多い社会では「女性は男性よりできる」といわないのではないかしらん。

それから、年代が上がるにつれ、「女性の方ができる」とはいわれなくなる。つまり、出世競争といったら変ですが、社会的に活躍度が広げられる人の選抜が進むと、男性が100人中上位10人に絞られてくる。その時、合わせて10人しかいなかった女性は、体力や家庭の事情、リーダーシップ教育のチャンスなどで、男性に比べて弱みが多いため、早々にゼロになってしまう。「女性の数を増やさないと」とよく言われるのは、そのためでしょう。

ただし、そんな中でも生き残ってきた女性の場合、フレッシャーズ時代よりさらに目立つのもあって、本当に強力〜。今、企業役員や官庁審議官クラス、県知事などになっている女性たちを見ると、「女性は差別されているなんて、もはや口にできないよね〜」と思ってしまいます。もちろん「才能と努力に加えて、それを生かす環境やチャンス(官庁はこれが平等なのは確か)など、すべてを捕らえられた人だけ」なので、そうでなかった大多数の女性との『格差』の激しさに、くらくらしちゃう。もう一ついうと、そういう立場になった・なれる人にしてみれば、「女性の数が増えたら、目立たなくなって損しちゃう」という面が、あるんじゃないかなあ。

実はこういう話は普段、私はあまりしないのです。だって、「じゃ、本人の能力はどの辺なの」って問われてしまうから。それに仕事のうえで私も、女性ということで得をしている、と思うから。女性として辛かったのは、生理痛が重かった時くらいかな。これはかなりラッキーなこと。でも、能力があっても、環境やチャンスに恵まれない女性も少なくないことを考えると、あまり威張るわけにはいきません。私は残念ながら授からなかったけど、子供を持った女性の場合は、段違いに大変だと思いますし。一方で、記者や研究職は専門職だから、自分がハッピーに生きていく仕事をしていれば、周囲の評価が悪くたって関係ない、とも思う…。けっこう複雑です。

少し前に、女子高生に仕事の話をした(2月末ブログで、「机につっぷして寝られてショック、といった書いた)時、彼女らになんとなく通じたらしいのは、「仕事は収入のためとか、社会貢献とか、いろいろあるけど、とにかく楽しいものだからがんばってみようよ!」ということでした。家庭に入っちゃって仕事のおもしろさを味わえないのは、もったいないよ、というのをにじませて。時には辛いこともあるけれど、嫌な上司や先生だって普通は2、3年でいなくなるんだし、ね。あ、今のうちの上司がそういう対象だっていっているわけではないですよ。ほんと、本当、そうじゃないんですってば〜!

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2008年3月18日 (火)

事実であっても、表現は柔らかく

先日、文科省の行政官と、大学の機能分化や個性化について話しました。それで、「この分野は単独でしっかり、だけどこのテーマは地域・大学連携で、そしてその取り組みはうちの大学ではもう手がけない、と選別するのが戦略だ」といわれ、なるほど、地方・小規模大学などで個性を意識するということはそういうことなんだな、と思いました。それで、そんな話を元デスクらとの飲み会の席でしたところ、「んー、山本さんはちょっと、一流大とそうでないところと、差別するところがあるからなあ」といわれちゃいました。「そんなことないですよ! それぞれ役割が違うでしょう、といっているだけですよ。少し前まで、どの大学も『もうミニ東大ではいられない』とかいっちゃって、それまではミニ東大だったの? と驚くくらいの意識で、そういうのは問題なのでは、といっているだけです」と息巻いちゃいました。でも、その後、現デスクにも「この表現じゃ学長、怒るんじゃないの」と地方国立大学長インタビューの原稿でいわれたことがあったのを思い出しました。「だってご本人がそういったんですよ」というも、手直しをしたっけ。うーん、知らず知らず、冷たくしてしまっている面があるのかしらん。

一方、今日お邪魔してきた東京理科大学の専門職大学院、知的財産戦略専攻の取材で、これに関連した感想を持ちました。特許申請をしたけれど、特許庁から拒絶理由通知がきて、つまり「あなたの発明(と思った案件)は同様のものが出願されているので、発明になりません」と分かった時のこと。「知財は人格に直結していて、発明者はものすごくショックを受ける。だから、特許庁の担当者も、間に入った知財担当者も、発明者のショックを和らげるような上手なコミュニケーションをしなくては」と女性教授の弁。授業では、学生に発明(仕事に近い技術の案件のほか、生活アイデア的なものも可として)をさせ、それに対して教授が拒絶理由を書いてみせて、そのショックを体験させているとのことでした。

内容は、「あなたの大学は東大とはまったく違うでしょう」とか「そのアイデアはとっくの昔に、別の人の特許で成立しています」ということであったとしても、きちんと配慮しましょう、ということでしょうか。実は私は昔から、傍若無人のところがなきにしもあらずで…。あ、おびえないでくださいよ。さすがに記者20年近くなるので、取材された側の反応や記事になった場合の周囲の影響を考える姿勢は身に付いている、だけど時にはうっかり…という具合でしょうか。ですから、取材先の皆様、気に障った場合などぜひ、その後に申告していただけませんか。その場合は「山本さんのあの記事、まったくひどかったよ」とはいわないでください

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2008年3月14日 (金)

雑誌の大学関連記事

私は雑誌の定期購読はしていないのですが、大学関連の特集があるといちおう、目を通すことを思案します。書籍だと「まずは立ち読みで」と思うけれど、そう値段が高くない雑誌だと、立ち読みも恥ずかしくて購入しますが、「思ったより…」という感想も出てきがちです。

最近では、アエラ。広告に、東大総長インタビューと大きく書いていたから、読まざるを得ないと判断しました。大学関係の数テーマをくくっているのだけど、G大と近隣住民のトラブルとか、いかにも週刊誌的なのもあるなど、中身はちょっと拡散気味。東大の部分は1ページプラス総長インタビュー半ページ、ってこれだけ?? 総長の談話も別に目新しい感じじゃないし。うーん。アエラは「おもしろそうな感じ」を持たせるのが、とくに上手って感じます。少し前の皇室記事も、広告に「何があっても、私たち(男女雇用機会均等法)世代は雅子様支持」というタイトルが載っていて、それにつられて買ったのですが、この時も同様の感想だった覚えがある…。

もうひとつは中央公論。こちらは厚いだけあって内容はけっこうあり。もちろん、「それは文系の話でしょう、理工系は全然、違うんじゃない」とか突っ込みたい部分はたくさんありましたが。それからあるフリーライターの記事の中で、親しい取材先の先生たちが出てました。その先生曰く、他の学内教員らに「自慢げに話しすぎだ」といわれたとか。そおお? あれは、先生の姿勢でなくて、ライターのスタンスに何かあったからでしょう? というのも、記事全体は概論的なのに、その先生グループの部分だけが特別にみっちり、具体的に書いてあったから。何か事情があるのかな、とだれでも思うだろう、と感じたのです。実際、そのライターは後日、書籍執筆を予定しているらしい。それで特別だったのですね〜。

雑誌は企画ごとに売れ行きが大きく変わるそうですが、新聞は長期購読が基本のため、記事の評価と売れ行きが直結はしにくいです。一面トップでトヨタ関係でスゴイ抜きがあると、本社まで購読希望者が来るとのことですが、普通は、なかなかね。でも逆にいうと、一回こっきりの記事ではなくて、いくつもの記事を総体としてできてくる、媒体の印象が、いい意味でも、悪い意味でも効いて来るということです。今、新年度からの新企画を準備しているだけに、このことを心に刻んでいきますね。

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2008年3月 4日 (火)

野依理事長の戦々恐々取材

初めて理化学研究所の野依理事長取材をいたしました。成果は、2月20日付一面トップ「大学院改革 工学系に『専門職型』 野依理研理事長が構想 実践力を強化」と、3月3日付1面インタビュー「大学院改革 教員の指導法を変えよ」です。お邪魔する時は戦々恐々でしたが、それなりの記事を書くことができました。

実をいうと野依先生のことは私、大学院生の時から存じ上げているんです! 不斉合成をちょっとかじったから。野依論文を読みながら実験をしたクチなのです。当時の学生間のおしゃべりでさえ、「ノーベル賞を狙っているんだって〜」と出ましたよ。その待ちに待った(失礼!)ノーベル賞受賞の時、私は科学技術の担当で、受賞決定まもなくの日本化学会での会見に出席。中日新聞の質問に、特別、批判的なものではなかったにもかかわらず、「一面に中日ドラゴンズのことが出ているが、それでいいのか」みたいなことをいって、「お祝いムード一色であるだろう受賞会見でも、こんななんだ〜」と驚いたものです。

最近の注目は、教育再生会議で去年の6月に出した「同一大学内での進学は最大3割に」の提言でしょうか。そんなむちゃくちゃな、というのが大学人一般の反応だったでしょう? あと文科省のグローバルCOEの採択会見では、「大学院教育についての先生の強調部分が、うまくマスコミに(当然、一般社会に)伝わっていないな」というのを感じました。そんなのもあり、今回改めて、大学院改革をうかがいに行ったのです。

初対面ですから、最初のご挨拶も緊張です。私は論文読んでの実験や、受賞後会見出席のことを伝えました(その時の感想は…ナイショでしたが)。「私はずうっと、科学技術(とくに化学)と大学を取材し続けているのです。だから、他の記者よりしっかり書きますヨ」とPRするために。そうしたら、「そう、話が合いそうだね」っていってくれました! だって、「なんだ、こんなヘボ記者」って足蹴にされたら困ると思っていましたから。

そして、お話を聞いてみると、これがおもしろいんです! 話が明確で、批判だけでなく対策を示してみせるし。きつく聞こえるのは確かだけど、それはこちら(マスコミ)がうまく処理すればいいだけの話で。最近、「野依先生とは30年来のおつきあい」という化学会社役員にお会いしたのだけど、「企業はここがダメだ」「「いや、アカデミックの研究者はそう見るかもしれないが、企業はちゃんと意識していて…」とガンガンいい合っている様子でした。うーん、理事長の「率直さ」が、相手によって良くも悪くも大きく響く、ということでしょうか。

今回、取材を思案したのは、あるところから専門職型の工学系大学院の話を聞いたのがきっかけでした。正直言って最初はおっくうで、多少、資料が手に入ったため「取材せずに書けないかしらん」と思っちゃいました。でももちろん、そういう訳にはいきません。予想通り、取材の調整は、理事長の厳しい注文もあって手間がかかりました。でもね、メリットも一つ。普通、こういうおもしろいネタは、「うろうろしていると、他紙に載っちゃう」と心配するのですが、今回は掲載までずいぶんかかったにもかかわらず、大丈夫だという自信があったのです。「私でさえこれだけ、アプローチを思案するのだから、駆け出し記者を含め、そうそうアタックはしてこないでしょう」というわけです。ほほほ。

ところで、先生は私のこと、覚えてくれたのかなあ。なにしろ、我が道を行く先生ですからネ。「誰これ?」ってどこかでいわれていそうな気も…。

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