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2008年6月

2008年6月27日 (金)

学生を主役とする教育での連携

大学間連携の記者会見が最近、多くてつい「また?」と反応してしまいます。特別に多いのは早稲田大学でしょうか。東京女子医大と大がかりな、先進的な取り組みを今春、始めたのに、同様の医工・健康系での連携を筑波大と発表して、東京農工大と会見して、さらにまた○大と…(取材中、ただし地方紙に先に書かれてしまった)という具合。ただでさえ大きな大学なのに、ねえ。

そんな中で、山椒のようにぴりりとしていて気に入ったのが、東京での会見を受けて20日大学面で掲載した 「山形大と立命館大 授業改善に学生視点 国立・私立の枠越え相互提案」です。いわゆる教育での大学間連携なのですが、単位互換とか、大学院生の研究指導とか、当初、想像していたものとは違っていました。具体的には、今年度から大学の努力義務となった、授業改善活動のファカルティー・デベロップメント(FD)に、学生の意見を反映させるとのこと。学生による授業評価(先生の授業の善し悪しを学生が採点する)はここ数年でかなり浸透してきましたが、学生が10人ずつ連携相手校へ行き数日間、授業を受けて、その評価をするのだとか。なるほど、それは学生にとっても教員にとっても刺激になりますね。「両大学は学生中心主義ということろで共通していて、一方で山形・京都、国立・私立という異質性があることが、この取り組みでは生きてくる」との説明でした。

「学習者である学生を中心に据えた教育」というのは、立命館は明確に打ち出していたテーマで、山形大も文科省前事務次官の結城章夫学長が就任当時から掲げていたそうです。でも、私は最初、その意味がよく分からなくて。今回の会見を通してはじめて、「学生中心主義というのは、学生の立場、視点、メリットを最優先して、大学のあり方を考えるという意味なのか」と知ったのです。ちょっとカルチャーショックでした。それまでは、「学部生の基礎教育や就職支援などに力を入れる中堅大学が、口にする言葉だよね」というくらいの理解でしたから。そう思ってよく取材に行く大規模大学を見ると、なるほど、まったく違う。研究型大学というのは、教員や博士クラスの研究にどうプラスか、という視点で大学をとらえているところなのだ、と実感したのでした。

もう一つ、FDという言葉の説明が会見の中ではなかったこともショックでした。文科省の常駐記者だと、FDという言葉を知っているのがやっとでは、と思っていたし、私だって「FDって、先生同士の授業改善の勉強会じゃないの? なんで学生がからんでくるの?」と不思議に思っていたくらいです。「会見後にこっそり尋ねようか」という迷いを振り捨て(笑)、皆の前で質問したのはそのためです。でも、どうやら会見の出席者は教育専門の記者ばかりで、皆、よく分かっているらしい…。さらに重ねて、ショック(笑)。

でも、それを除くと、発表の手はずといい、資料といい(地元紙では知られていても、東京の我々はよく知らない、特異な教育プログラムの紹介とか)、とてもよくできた会見で感心しました。問い合わせ先にはちゃんと広報の携帯電話が入っていたし(以前のブログでも書きました)。あと…、小さいおみやげもうれしかった。サクランボ(山形の名産)5つほどと、どら焼き(「立命館」と入っている)一つ。あ、これで記事執筆の具合が変わった訳ではないですよ。なくても同じ書き方ですよ。対する大学だって言うはずです、「おみやげによって、記事を大きくしてもらおうと狙ったわけではありません」って。ただ、私はそのことによって、東京でメジャーではない大学の「どうぞよろしく」という気持ちを感じ取ることができたわけです。発表の中身がいいうえに、そういう姿勢が明らかならば、応援してあげたくなるのが人情です。え、もっとすごいおみやげがよかったのでは、って? まあ、企業のパーティとかだとわりとあるんですけど、大学でそんなのが出てきたら皆、ビビっちゃうでしょ。お礼やお願いで活用する、小さなモノやメールの文章というのは、「気持ちを伝える」そのためのものなのですから。

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2008年6月20日 (金)

著名人大学長の暴言にびっくり

最近は大学長もPRのためポスターなどに出るケースが散見されますね。私立大学などでは著名な人をトップに据えることもあって、なおさらです。その一つに通勤のたびに目につく某私立大学長が出ているポスターがありまして、その学長の件をお話しします。

その大学が、不祥事というほどではないけれど、「ちょっとマズイのでは」という出来事を少し前に起こしまして。一般紙Aが一面トップで抜いたため急遽、記者会見になりました。社会部の記者らは皆、どう謝罪会見をするのかわくわくしていったはずですが、。「記事で取り上げられた事柄はこうこうで、だから実際には問題にならない、あえていうならこういう点は反省している」という言い分だったので、どの社も翌朝付は地味な記事で終わりました。

それよりびっくりしたのは、会見だというのにその著名学長が公の場で、最初からハイテンションで怒りまくって、常識はずれの発言をし続けたことでした。まず、1)オープンキャンパスを開いたばかりで、その関係でA紙に広告を出したのに、どうしてそのA社がこんな記事を大きく書くのか、という文句。2)これによって、学生集めにどれほどのマイナスになることか、という苦情。さらに質疑応答で別の大手マスコミBが、少しきつめの質問をしたところ、3)Bの最近の不祥事を挙げて、自社を顧みろといった発言をした(実は私も、「Bはよく聞けるなあ」と思った)のはまだしも、4)「自分はBの××委員会(評価みたいなことをする)の委員をしている」と圧力とも取れる発言をしたのでした。どれももっともな言い分ですよ、マスコミ慣れしていない一般の人だとか、当事者・社だけがいる場での抗議ならば。でも、記者会見という公的な場で、あれだけマスコミに登場して慣れている人が、そんなこというの?って驚いたのでした。

ちなみに1)は「広告と報道は別です。癒着していません」でおしまい。2)はプライベートな場だったら「気の毒でしたね」とお返しするでしょうけれど。3)はまあ、他の会見者でもいったかもしれない、かな。4)はかなりマズイ。無法者みたいじゃないですか。30人の記者がいる前で脅し発言なんて…。

実は私の親しい取材先が、この学長と交友があるとかで、「じゃあ、一度、取材をお願いしてみようかな」と話していたのですが、もちろんそんな構想はふっとんでしまいました。日刊工業的には近しいわけではないし、ああいう態度を取る人のところにわざわざ行くなんて、考えられな〜い、というわけです。その一方、「これは絶対、週刊誌が書いてくるだろう。不祥事の会見だということで、いろいろなマスコミが出席していたはずだし」と楽しみにしていたんですよ。ところが意外にも載ってこない。おかしいなあ。記者会見でいった、明らかな事実だけをつなげたって、それなりの読み物になりそうなのに。

というわけで、しばらくは電車の中吊り広告が気になって、仕方がなかったのです。そのうちに、全然別件でのポスターで、当該学長の顔を見る羽目になってしまったという顛末です。でも、週刊誌の件は、私が見落としただけかな、と思う。マスコミは、マスコミが関係する話だと、自社のことでなくても力を入れて記事にする傾向があるから。うーん、もうだいぶ時間はたったのに、今でも気になる事柄です…。

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2008年6月13日 (金)

取材先が、大学時代の友人と親しいことが発覚

ある地方大学Aの大学発ベンチャーを取材して、社長と発明者の先生の二人が若い頃から地元の知り合いで、東京で研究・技術者として仕事をした後、相次いでUターンして起業となったと聞きました。技術もおもしろかったし、私と同年代だったので、なんとなくシンパシーを感じていました。そして記事と前後してメールをやりとりしたところ、かなり近しい共通の知り合いがいることが発覚しました。

最初、A大学の広報さんが私の出身大学Bを社長に伝えていて、それで社長が、「学生時代に(B大の近くにあった)C県の県人寮(C県出身の東京の大学生向け)にいました」とメールしてくれたのです。それで「C県人寮ですか? C県の(著名国立大学付属)高校Dの出身者、Eさん(女性)が同級生にいて、その関係でC県人寮のダンパ(おおお、バブル期のキーワードっぽいですね。ダンスパーティのことです)に出たことがありますよ。Eさんや、県人寮にいらしたFさん(男性)と何回か遊んだりした」と答えました。残念ながらFさんは、社会人になって数年後に亡くなっているのですが、「地元の同世代ということでFさんと面識はあるかな、D高の生徒会長をしていたと聞いたから知っているだろう」くらいに思ってのことでした。

そうしたらなんと! 社長とFさんは2学年違い、D高もG大学も同窓で、寮では隣室というのはまだしも、自宅も数百メートルしか離れていないとのこと。ちょっとかかわりがあって、Fさんのお父さんとも月1くらいでお会いしている、というではないですか。す、すごい近さ。Fさんは私の恋人だったわけではなくて(と、ちょっと強調したりして)、卒業後に亡くなったこともEさんから伝え聞いただけでした。でも亡くなったことが気になっていて、その数年後に旅行でそちらを回ったとき、Eさんに会うのと合わせて、Fさんのご自宅に寄ったのです。ご両親にもお会いしていて、でも向こうも、「学生時代の女性の友達が訪ねてきたのは覚えているけれど、名前や顔は覚えていない」というあたりではないかしらん。社長には「チャンスがあれば、お父様に私のことを伝えてもらってもいいですよ」といいました。社長の会社も「応援しています」と付け加えて(笑)。

うーん、これはまったくの【奇遇】ではなくて、同世代・在京の大学関係ということで、比較的ありうる出来事なのでしょうね。同僚の話で「小学校の時の同級生が、取材先の教授になっていた」というのがあり、「小学校の時というのはすごいなあ」と関心した覚えがあります。そうそう、もっとすごいのは、ある記者が東京近郊での取材で喫茶店を使い、領収書に「日刊工業新聞、と書いて」と言ったときのこと。レジで領収書を書こうとしていた若い人が「私、日刊工業の××の息子です」といい、うちはそう巨大な会社ではないので、本社の記者同士はまあまあ(入社まもない20歳代を除いて)面識があるので驚いた、というケースでしょうか。うーん、どこでどう人がつながっているか分からないですね。どんな人に対しても失礼な態度を取らないでおく。まあ当たりまえのことですが、自分に跳ね返ってくるゾという意味でも、心がけることにいたしましょう。

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2008年6月 6日 (金)

なぜ記事を事前に取材相手に見せないか

取材先から「記事を見せて」とたまに、いわれます。若いときはこれがうまく断れなくて苦労をしましたが、最近はさすがに(年の功で)まあまあ、うまく押し返せます。

どういうかというと、「先生(取材先)のお名前で書かれる著作物、つまり寄稿などの場合はもちろんチェックをしていただきます。ですが、これは新聞社・編集記者がまとめるもので、日刊工業新聞に編集権があるので、お見せできないのです。きちんとしたマスコミはどこも同じ姿勢のはずです。危ないかな、と思ったらきちんとお電話で確認いたしますから、どうぞご理解ください」という具合です。

相手がなかなか納得しない場合は、さらなるやりとりの中で「記事を見せてというなんて、ずいぶん常識がないですね」と言外ににじませます。「○社の記者は見せてくれましたよ」という相手には、「それは取材先におもねって商売している怪しい媒体か、駆け出しで自信がない記者が上司に隠れて見せるのか、どっちかでしょう。そんなのとおつきあいしているなんて、あなたの方が問題なのでは」というイヤミを、柔らかく言葉を変えて伝えることもあります。これで大体は納得してもらえます。

それでもダメだったら? ボツですよ。「あーあ、時間を無駄にして悔しい。でもこういう人はたいてい、見せれば真っ赤に添削して返してくるし、この程度のつまらないニュースで、いらいらをさらに募らせる必要もないから、あきらめよう」と考えます。

最近、同窓会関係でお手伝いしたインタビュー記事でそれがあり、大量の赤字を出されて苦労しました。これはそもそも同窓会関係なので、「マスコミの編集権」などと強いことをいわずにお見せしたのですが、写真の使いかたを含めたいへんな注文で…。その時、編集長に当たる人が上手に説明してくださったんですよ。つまり、「原稿を見せてくれないなら、取材に応じないという考え方は、まともな社会では通りません。例えば、一国の首相が、事前に原稿を見せて直させてくれるマスコミとしか会わない、といって、それが通る社会では、民主的な言論活動が展開できないでしょう。提灯記事(持ち上げ記事)しか存在しない社会に賛同されますか?」というものでした。さすが、上手ですね!

それから別の話ですが、私自身が取材を受けてできた記事を見て、「私はこんな言い方は絶対しないのに」と悔しく思った経験もあります。昨年のブログでも書きました。その時はマスコミ人として「加筆せず」のスタンスを、やせ我慢して貫きました。けれど後で思ったのは、「誤解されているのも含めて、自分はそう見られているんだ、と受け止めよう。インタビュアーの能力に文句を付けたかったとしても、それも仕方がない。社会的な要人なら、一流紙が一流インタビュアーを寄越すわけで、自分はまあ、そこまでは要求できないし…」という納得でした。そのうえで、取材を受ける方の努力でできることとしたら、「インタビュアーが誤解しないよう、適切なやりとりを心がける」ということでしょう。

と、本当はここで終わりたかったのですが、やはりそれだと一抹の嘘が混じりますので、続けます。どうしても諸般の事情からボツにできない重要な取材などでは、今の私でも事前にお見せすることがあります。ボツにするデメリットの方がはるかに大きい、ごく限られたケースですが。まあ、仕事でもなんでも、「原則をきちんと守るけれど、時には柔軟に対応をする」ということで…。ご理解くださいませ。

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