取材相手以外からの変な抗議に対しては
書いた記事に対して抗議がくる、というのは、もっとも緊張する出来事の一つです。記事掲載直後の電話のかけ手が取材相手だと分かると、どきっとします。「山本さん、記事をありがとうございました」と耳にしても安心はできません。「でもちょっと問題が」と続く可能性があるからです。こちらの明らかなミスではなくても、取材に応じてくれた相手がどう感じたのか、ということは、きちんと受け止めるべきだと思っています。
ところが、取材当事者とは違う人に抗議され「それはちょっと、怒り方が違うのでは」と思うこともたまにあります。一つは半年前に書いた、間接経費ピンハネの記事です。記事が載って周辺にあれこれいわれたので、取材相手のA先生は怒っているかなあというのは気になりました。でも後日、文科省のエレベーターホールで会った時には、記事の文句は何もでなかったのです。よかった。まあA先生が急いでいて、私の顔=問題記事、というほど頭が回らなかっただけかもしれませんが。ところが、記事からだいぶたってから某旧帝大の産学連携関係のB先生にまったく別件で取材をお願いしたら「ピンハネなんて下品な記事を書く記者の取材は受けたくありません」って拒否されていまいました。何ですかそれ?? 書き手が知人の記者だと分かっているのだから(私はその記事に署名を入れていた)、B先生の主張を入れつつやりとりしてくれればいいのに、最初から拒絶というのは…。まあ、激論するほどでもないと思い、「私としてはこういう意図で、取材先のこういう反応を元に、意味がある記事だと思って書きました」と説明のメールを送って、「ではまたいずれ…」と結びました。
もう一つの件は、C大学C先生の取材で書いた記事に対して、掲載後すぐに官庁のD氏に呼び出しをくらったことです。C先生は「○をしようと検討している。その場合は△の方法を採ることになるだろう」といいました。話の流れから、△以外の方法は考えていないと分かったので、私は「C大学は△をする」と多少、踏み込んだ書き方の大きな記事にしたのです。それに対してD氏は「C大学が△するというのは今の国の仕組みではできないことだ!」と怒っているわけでした。はあ。C先生もそれは知っていて、工夫をするとはいっていました。それにしてもこの記事、主語はC大学なんですよ。D氏はまず、C大学に対して「こんなことはできないはずだが、どう考えているのか?」と問い合わせ(指導じゃなくて)するのが筋だと思うんだなあ。私はD氏に「この仕組みは複雑でどの大学もマスコミも、間違えて解釈していますよね。早く仕組みを整備して、勉強会を開いてくださいね」と伝えました。一方、気になっていたC先生の反応は、「問題ないですよ。(役所に)説明しておきますよ」と余裕ある回答でした。さすが。
駆け出し記者だった頃は、相手が怒っているとそれだけで萎縮してしまいましたが、さすがにもうそういう年齢ではありません。上記のようなトラブルでは、相手の言い分を聞いて、記者としてどうあるべきだったか考えたうえで、必要な部分だけ反省します。抗議がくることを心配してばかりいると、危ない表現を削除するばかりで、おもしろい記事は書けなくなってしまいます。社会部事件記者に比べると、科学技術とか文化とかの記者は品がある(?)印象がありますが、それでもおもしろい記事を書く記者ならば、気が強い一面が必ずあるはず。…と記者仲間の顔を思い浮かべる私でした。
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