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2011年12月

2011年12月27日 (火)

文章のクセ、改善は意識を持ち続けて

デスク業務を一部、私も担うようになったのと併せ、私の原稿チェックをする人も以前のデスクと変更になっています。すると、注意される点がこれまでと違うものになました。もちろん、デスクの性格(おおざっぱor細かいなど)によって違うことは当然なのですが、それまでしょっちゅう引っかかっていたのとは違う点が多いのは不思議です。

大きなクセじゃないんですよ。小さなこと。だから、最初は「そういわれればそうだな」と軽く受け流しがちでした。大事の訂正のミスだったりすると、ひどく反省して、その後はしばらくの間、神経質なくらいチェックするようになるのとは対称的です。でも、そのことを何度も何度も何度もいわれて、さすがに「私って学習しなさすぎ?」と反省です。

具体的には
◎話し言葉が表記が多い (「~なので」× 「~であるため」○)
◎人によって評価が違う内容で、取材先がいっているだけなのに、断定調になっている
 (「~なのが明白だ」× 「~なのは明白だという」○」
◎全体的に言葉不足で表現が雑でわかりにくい(これは他の人にもいわれる点です…)
◎用語(初出の表記、カッコ内でどう説明するか、2回目以降に出てきた時の表記)が
  社の決まり通りになっていない

といったあたりです。情けないですね。この程度のことが直せないなんて。クセって指摘されてもなかなか直せないものなんだと実感です。そしてもう一つ。「立場が変わるとクセはとても気になる。何度でも何度でも同じところで気になる」ということです。これはデスク業務を自分もやって、ほかの記者の原稿を見るようになって気が付いたことです。本人は「小さいことじゃん」と思いがちなだけに、しつこく指摘され、かつ、自分で改善の意識を持ち続けて注意するしかないようです。

用語表記については、自分の担当分野(大学・産学連携)の語は押さえなくちゃと思うので、手元にメモノートを使っているけれど、分野が違うと、ね。ほかの記者が書いたうちの記事を読んだとしても、「スマートフォン」「スマホ」「多機能携帯電話」「高機能携帯電話」って、最初にどう書いて略称はどうで、説明のカッコ付きはどうだったかなど、ちゃんと覚えていないもの。珍しく、スマホのアプリの産学連携記事を書くチャンスがあって初めて、「どう表記するんだっけ」と思うものの、「ええい、時間もないしこのままでいいや、とにかく出稿しちゃおう」となってしまう…。後はデスクの当番の時に、原稿を内容だけでなく「文字」としてみる(ミスを探すため)と、そこで「あ、これってこう表記するんだ」と気づく感じです。

でも、会社の仕事は皆で進めるもの。私の記事で毎回、同じ直しをデスクがするのは非効率だし、デスクに対して失礼なこと。来年は新聞を手に、用語にラインマーカー&単語帳抜き出しをすることにいたしましょうか。なんか駆け出し記者みたいで情けないけれど、「小さなこと」と流さないでいきたいと思います。

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2011年12月19日 (月)

大学面100%、山本佳世子の執筆で

今年最後の大学・産学連携面、16日付は、全記事が私の執筆になりました。大学面は2003年新設ですが、学長らのインタビューは全国支社・支局にもお願いしていることもあり、同面の専門記者である私としても記事の100%を手がけるというのは初めてでした。最近は8割方は私の手によるようになっていたので、さほど特別というわけではないのですが、でもなんかやっぱり9年間で初めてなので、特別といいたい気もします。ちなみにこの日の記事は…

1)大学支援の学生ベンチャー初の大型成功例、上場したばかりの「リブセンス」(村上太一社長は25歳、国内の上場市場最年少創業者として話題を呼んでいます)と、早稲田大学はどんな形でかかわってきたか 2)名古屋大学と東北大学、中韓4大学と合計6大学による材料・化学系の国際連携 3)東京大学の省エネ冬バージョン と、以上は独自取材です。以下は発表記事ですが 4)早稲田大の「震災後」小冊子シリーズ化 5)文科省、被災地大学の震災復興プロ支援 6)日本CFA協会の学生企業分析力コンテスト 7)グロービス経営大学院の仙台校開設 8)東京大学のイノベーション政策研究センターのイベントお知らせ  です。年末紙面でもなお8件中、4件が震災がらみというのが東日本大震災のあった2011年を象徴している気がします。

それで次はお正月の大づくり記事と、2012年最初の大学面に向けた記事の執筆に入ります。最初の大学面って、本当はそれほど明けてすぐではないのだけど、ちょっとね~、お休みをね~、いただこうと思っているのです。「通常の紙面1ページ、すべて私が書きました!!」というアピールの下心、わかっちゃいましたね…。

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2011年12月11日 (日)

8大学博士交流フォーラムに参加して

9(金)付に「8大学博士交流フォーラム 〔社会と工学の在り方〕議論 震災問題に向き合う」を掲載しました。大学も専門も異なる工学系の博士学生が1泊2日でディスカッションするフォーラムです。旧帝大プラス東工大の8大学工学部長会議の中で、毎年実施しているもので、今回は縁あって顔を出しました。

震災関係以外に私が注目して記事にしたのが、博士教育についてでした。「指導教員に与えられた研究テーマではなく、自身で研究テーマ発掘から取り組むことも必要では。その場合、博士号取得は3年というわけにはいかず、年数がかかるだろうけれど、社会で活躍する博士になるには必要なのかもしれない」という議論でした。

理工系の博士学生の研究テーマは、研究室全体で手がけている大きなテーマの一角または隣接部分となることが多いですよね。同じ研究室に修士(場合によっては学部4年生)から所属しているも多いので、自然にそれまでやってきたことの〔続き〕となります。研究室全体で活動する意識が強く、結束力がある。教員の面倒見もいい。そのために、割合と多くの学生が3年で博士号をとれることになります。でも、悪くいえば、甘い。某大学(フォーラムの8大学以外)の副学長と話していて、「査読論文でのやりとりの厳しさは、博士学生の教育のうえですごく重要ですよね」と、自分の博士研究を振り返って言ったところ、「…教員が(投稿)論文を書いちゃう研究室もあるけれどね」と返されて、あまりの甘さに驚いたことがあるほどです。

これが社会科学系だとがらっと変わります。進学相談に来た学生に対して、教授はこんな感じです。「うちの研究室に来たいって? いいよ、指導教員をやっても。そもそも、研究は一人でするものだからね。いい論文が書ければ読んでやるよ。え、投稿論文? それは君の名前単独でどうぞ。僕は責任とりたくないし」みたいな(もう少しマイルドな言い方ですが)感じです。社会人博士学生となると、「僕のところに相談に来たのは30人。そのうち入学したのが20人。博士号を採れたのは4人かな」って、これは東大を数年前に定年退職した先生の実話です。理工系でも面倒見の悪い先生の部屋では、これに近い形で、博士号がとれない学生が大勢、泣いています。でも、それでも石にかじりついて博士号をとれば、それはもう怖い物ナシです。どんなところへ就職しても、所属機関のせいで研究テーマがころころ変わっても、平気。数年すればその分野で大きな顔をして、新たな知を生み出しているに違いにありません。

私は研究職ではない社会人博士学生の悲哀を多く見聞きしているのだけど、理工系の若い学生の多くは、この実態をわかっていない。そう思っていました。だから、フォーラムで、イノベーティブな、本当の意味での博士になるには、こんな甘ったれた形ではいけないのでは? と学生が自省したことに、大きな価値があると判断し、記事にしたのでした。所属も分野違う学生同士が集まり、互いに異なる考え方ややり方を知るという、このフォーラムの目的はしっかり達成できていますね、というメッセージを含ませながら。

というわけで、記事ができたのですが、本当は途中、心配だったのですよ。学生の発言が、「そんなの、文科省の審議会でもさんざん議論してきたことでしょう」「あなたの大学の学長はこんな風にいっているのに、知らないの?」って感じでしたから。学生なので、当然といえば当然ですが、これではうーん、記事にならない…。例えば、ノーベル賞受賞者が講演で言ったのなら、「あの人がそう言った」ことに価値があって記事にできる。けど、学生では記事が書けない。これって、逆説的…。学生諸君、「いつかノーベル賞を受賞して、あとは好き勝手にやってやる」とふてくされないで。無名だからこそ、個性的な研究を、オリジナルな発言を、意識して訓練していってください。期待していますよ!!

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2011年12月 4日 (日)

〔披露宴〕記者懇で昔のボーイフレンドに再会する

珍しい形の私立総合大学の記者懇談会がありました。その大学は前学長、前々学長の時も年1程度の記者懇をしていたのですが、その時は昼食時に学長が最近の話題を提供し、記者にはサンドイッチが出るという形でした。それが今回はちょっと違っていて。定時より2分ほど遅れてしまったのですが、部屋に入ったとたん、「何これ?」と思いました。

記者懇で初めてみる〔披露宴テーブル形式〕でした。どういうものかというと、理事など7人ほどがテーブルに1人ずつ着き、そのテーブルに記者が5人くらいずつ着席という形です。学長の話は〔3分スピーチ〕でさっと終了、続いてリッチなお弁当を食べながら、各テーブルで理事と記者がなごやかに懇談するという形です。その後は〔二次会パーティー形式〕に流れます。別室にお茶を自由に取りに行き、そこで別のテーブルにいた理事などと交流するというわけです。最近の広報誌など置かれていて、好きずきに眺めるのも、まるで〔披露宴会場に飾られれているカップルのなれそめ写真〕か何かを眺めているみたいですね。

テーブルでは参会者同士で名刺交換までして、なんとなくなごやかムードです。記者同士の名刺交換って、数人の場ではするけれど、会見やパーティなど大勢の場ではしないあまりしないものだから…。でも、名刺の記載を見ると大手新聞社の事業局(大学関連イベントとか、広告の担当とか)の人や、進学雑誌の記者などで、ばちばちの同業他社という感じはありませんでした。先生が、最近の大学の動きでちょっと面白い話を紹介してくれたのですが、ほかの同席者の反応が今いちなのも、そのせいでしょうか。ふーん、じゃあ、〔記者会見での一斉ニュース〕という形でなくて、弊紙単独で書かせてもらいましょう。ということで、場の雰囲気を乱さないよう、なごやかに質問をして、その後に〔二次会会場〕での追加情報収集へ。その案件は、数日後に記事掲載となりました。

その二次会会場で、思わぬ人に声をかけられました! 10数年前かな、取材をした事務職員の方で、今は学長室にいるということでした。まああ~、こんなところで再会をするなんて。声をかけてもらって感激です。職員単独の取材というのは珍しくて、それもちょっと変わったいきさつでその方に取材することになっていたので、覚えていたのです。おしゃべりする中で、「今度、こんなのがあるんですよ」とネタっぽい話がいくつか出てきまして。さすが学長室ですね。その場にいた実際の担当者まで、引き合わせてくれました。それは後に広報さんを通して取材をお願いできたので、〔最重要機密〕ではなかったのですが、少なくとも記者懇で皆に配るネタではなかったわけです。ので、ちょっと特別な感じで、盛り上がってしまいました。きゃああ、これってもしかして、〔結婚式二次会で昔のボーイフレンドに再会する〕パターンかも!

明日はその関係で取材に行く予定です。えっ、現地キャンパスでの教員と職員だけの対応なの? 私のボーイフレンドは本部のキャンパスから駆けつけてくれないの? うーん仕方がない。それでは、こうしましょう。次は学長取材を申し込むから。これでボーイフレンドとの関係も復活、万全かも! 

~~~~~~~~~~~~~なんだか最近のブログ、我ながら柔らかネタで調子よく書いていますね。えっ、ちゃんと仕事、しているのかって? し、していますよ。…じゃあ年内に一つ、皆が大注目の文科省案件を、記事で書くことにします。本当は「面倒くさいな~、もう少しで年内終わりだし~、逃げ切ろうかな」と思っていたのですが。内容は充実している案件なので、記事に書ききれないこぼれ話がブログに書けることでしょう。乞うご期待~。

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