本を出すという憧れは多くの人が持っていますよね。私の場合はそれ以前に3冊、分担執筆(全体のいくつかの章だけを執筆する)をしていたのですが、博士研究をする段階で「これってキャリアの上では何の意味もないんだ」と気づき(本の編著者として名前が出ない)、「単独著書を持ちたい」と思いました。つまり、計画は博士課程に入る前、5年くらい前からおよそは持っていたわけです。
博士号取得が見えてきた段階で、その時点では博士研究の産学連携を中心とした本を考え、3パターンの構想を作成しました。学術書っぽいのから、記者の取材内容中心のとか、ブログ路線のとか。やたらめったら本を書いている取材先の先生が主催する、出版社の編集者の集まる会に顔を出していたので、アタックするは5社ほど。結果、全滅。冷たいこと冷たいこと。産学連携はブームを過ぎていたので、多少は予想していたけれど、「こんなプラン3パターンを持っています。よろしければ説明に上がります」とメールしたのに、大半は会ってもくれない。「ちょっとあんた! 会で3回も一緒に飲んだじゃない。なのにメールの断りの文章はたったこれだけなの?」と憤っちゃいましたよ。相手には言っていないけど。
この中には「いくらなんでもこの社は対応してくれるだろう」という【滑り止め】的なところもあって、ここはさすがに企画は聞いてくれたけど、「営業サイドがこれは無理といって…」でやっぱりだめだったのです。そうそう思い出した、ちょうどこのころ、初めて投稿した論文が「拒絶」(どう直してもこんな論文は、うちの雑誌では載せられませんよ、というきつい判定)通知が来て、辛い時期だったなあ…。
でもね、本を出している取材先先生などとやりとりしていて、だんだん分かってきました。まず、出版はどこも昨今、非常に厳しくて、売れるのが確実なものに流れているということ。その代表が、「つくった本の大半を、著者側が買い取ってくれる」パターン。近年よくみかける「○○大学の▽▽」とか「~集団、□□研究所」とかいうタイトルの、全編これ持ち上げ、という本。書いた側が買い取って、タダで関係先に配る。売れるとか売れないとかの心配を出版社はしなくていい。
もう一つ、社会科学系の研究者の名前で出している本は、公的研究資金を使っている。つまり、研究成果の社会普及という名目で、出版費用に使えるんですね。でもこの「買い取り・配布」パターン、実質的に自費出版。買い取りで成立するビジネスですから。「あの先生の本もそうなのか」という驚きが続々です。そう、自費出版を勧めてくる出版社もありましたが、「いちおうは文章のプロで、本業がらみの本を出すのに100万円も200万円も持ち出すのはちょっと…」。でも、事例としてあげられたケースから、「△社の元□研究所長でも自費出版なんだ」と、改めて商業出版に持ち込むことの厳しさを実感です。それで「私の企画が通らないのは、私に能力がないからではないのね」と納得しました。「まあ、そのうち何か考えられるようになるだろう」ととりあえず、棚上げにしたのでした。
それから1年ほどたってからでしょうか、まったく関係ないルートで「産学官連携の本を出したので、著者インタビューをお願いできませんか」と、共著者の1人から声がかかって、普通の仕事として実施。意外にもその著者がキーパーソンで、同時に一面トップをもらって帰ったうえ、その後の関係につながっています。そして、その本の出版社の編集者Aさんから「先日は記事をありがとうございました。お礼方々、情報交換をいたしませんか」と連絡があり、「あ~ら前回、断って来た(自費出版まで進めてきた)Aさんが担当した本だったのね」と気づいたのでした。
実際に会って、「最近、こんな本が研究者に受けている」「こんなテーマなら読者ニーズがあるはず」などディスカッションをする中で、私の企画も、産学官連携だけでなく、産学官連携と技術のコミュニケーションに焦点を移せば、いけそうだとなりました。この時点で私は、以前の経験から「私の希望は伝えて意見交換はするけれど、まあ多少のことだったら出版社の意見を受け容れる形で、とにかく出版を実現しよう」と心を決めたのでした。
とまあ、こんないきさつで、出版社は日刊工業新聞社ではなく、丸善出版になったのでした。実現してみれば、社外から出した方が身内びいきはないということが明白だし、丸善出版は理工書で評価が高いし、担当者とはうまくコミュニケーションできているしで、よい形となりました。
ぶつかりがまったくなかったわけではありませんけどね。本のタイトル、書名もその一つです。「研究費が増やせるメディア活用術」というタイトル。刺激的だし、読んでいただいた方は分かると思うけれど、ちょっと内容とずれている面があるでしょう? 「技術コミュニケーション力を磨いて、メディアを活用するノウハウを教えます。その結果、きっと研究費も増えるでしょう」という内容だから。でも、何回もやりとりした結果、「営業戦略としてはこの方がいい」といわれ、「私のことをまったく知らないない人も手にとってくれるきっかけになるだろう」と、このタイトルを受け入れることにしました。「コミュニケーションをしながらの共同作業は、大事なものは曲げない一方で、ある部分は譲りながら」ですよね。このタイトルゆえ、私自身、このことを決して忘れないでしょう。初心忘れず。あとは読んでくださった方から「研究費が倍増しました!」という報告を待つ、ということにいたしましょう。