「私がいなかったら」という貢献
4年前に取得した社会人博士の指導教官が定年退職で、お祝いにいってきました。若い学生も含め大人数ですが、つながりが強い仲間は、私の後に入学・博士号取得となった約10人の研究室の社会人博士です。このコミュニティーのエポックは、皆が「査読論文投稿がこんなに厳しいものとは思わなかった…」と意気消沈している時に、私が化学工学会の英文査読誌への論文掲載苦労談やノウハウを語り、彼らの次の一歩が可能になったということでした。
先生と仲間の主テーマとなる日本型プロジェクトマネジメントでいうと、私の研究はまったくの〔はぐれ〕。なのにこの時の貢献があったせいで、今回に限らずずっと(笑)、私はこのコミュニティーで「大きな顔ができる」存在なのです~。
実は高校時代にも似た役割を果たしたことがあります。体育会並の厳しい吹奏楽部で、指揮・指導の先生(外部人材)がいなくなり皆が困っていた時のこと。私は個人で受けていたレッスン帰りに、そのスクールのバイオリン(吹奏楽の楽器ではない)の先生と駅で一緒になり、「僕、指揮もするんだよね」という話を聞いて、仲介をしたのです。
最初は部の皆が「だれそれ、大丈夫?」といっていたのですが、これが大当たり。生徒の能力を引き出すのがうまい、熱くて大人気の指導者として、私が卒業してからも何年も活躍いただくことになりました。よって、卒業生が集まる時、ふと「そういえば△さんがうちにきたきかっけは…」と思い出してもらったりして。私は楽器がヘタで、個人レッスンに通っていたわけで、けっしてリーダー格ではありませんでした。ですが、この貢献によりここでも「ずっと大きな顔がしていられる」状況となりました。
ひるがえって本業です。以前に先輩が「日にちが経てば出てくるニュースは、他メディアより少し早く掲載しても、本当のスクープではない。その記者が書かなければ表に出てこなかったものが、真のスクープだ」といっていました。新聞メディアは伝統的に、一日でも半日でも早くニュースを出すことを競っているけれど、もっと大事なことを意識すべきではないか、と。
社会部ではない私の仕事で言い換えるなら、「私が書かなければ、読者は気づかなかったもの」を意識していきたいものです。でもそんな記事はもしかしたら、上記の2例と同様、狙って努力するのとは違う、瓢箪から駒みたいな出方をするものなのかも…。
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