自作自演? 「客観報道」って難しい
日経新聞の英国フィナンシャル・タイムズ買収、すごいですね。実は私が最初に頭を巡らせたのは、この大ニュースそのものではありませんでした。というのは…。まず7.24付朝、自宅で同紙の見出し「日経、英FTを買収」と目に飛び込んできました。すごいと思うと同時に私が採った行動は、記事を熟読するのではなく、その一面トップのすぐ右に置かれている新聞題字を確認したことでした。「日本経済新聞」という題字を。そして「これ、自社の話を、自社の報道媒体で、ニュースとして流しているのね」と確認しました。
そして次に、朝日新聞を開きました。こちらは「日経が英FTを買収」という見出し。そしてその右には「朝日新聞」の題字です。記事の第一文に「…買収することで合意した、と発表した」と書いています。「発表なんだ~」。それで再び日経に戻って第一文をみると「日経新聞社は…英ピアソンと合意した」とあります。おおお。考えてみると当然ですが、書き方が、通常の記事と違って、新聞社によって大きく違う、と分かりました。
新聞記者の業界用語で、そんなに頻繁には使われませんが、「自作自演」というのがあります。記者が、そのニュースの組み立てに参加したうえで記事を書くというケースです。例えばA社とB社の事業を統合するのに、両社は主事業が違うためあまり親しくなくて、両社の幹部と行き来があるベテラン記者が仲介し、統合合意となれば記事(当然、スクープとして同記者の新聞社だけに掲載)を書く、といった形です。記者体験記のように「自作自演」と公表はしませんが、記事の内容としては何も問題ないですよね。今回のケースは、朝日にとっては通常と同様の「報道ニュース」ですが、日経は「自作自演型ニュース」といえましょうか。通常、新聞社自身の新たな活動の公表は、「社告」という体裁で自社媒体に載せます。例えば「日刊工業新聞社は新規事業として…を△月に始める」という記事です。今回は影響が大きいことから、社告ではなく、多メディアに向けた発表にしたのですね。
その日の夕刊の日経新聞。こちらはどう書いているかというと、海外メディアがどう報道したかです。ドイツ社と日経が競っていて、最後の10分間で勝敗が決したということを「FT電子版」で紹介したとのこと。なるほど、日経と対になっての自作自演。この内容なら、映画さながらの息を飲むおもしろさでしょう。その後には閣議後記者会見で「閣僚から期待する声が相次いだ」と書いています。「『…で喜ばしい』と述べた」とか、「『…』との期待感を示した」とかの文章です。ここでちょっと、あれっと思いました。
自作自演記事、否定しているのではないのですよ。自らの活動が社会的な大ニュースになるなんてすばらしいことです。ただ、それを自ら報道するとなると、通常は報道メディアが口を酸っぱくして行っている「客観報道」とは少し違うよね、と。「そのことを読者は注意しなくてはいけないよね」というのが、言いたいことです。閣僚の発言だって「経済報道の独占率が格段に上がることを、単純には喜べない」というのがあったら、他社は書いて自社は書かない、となるわけですから。
まあ、「真の客観報道」というのは無理なこと。多様な意見のどれを採り上げ、どれをカットするのか? いくら社内で議論し公平に判断するとしても、しょせんは人の手で行われているもの。情報の受け手はそのことを認識し、報道を含む情報を鵜呑みにせず、自ら受け止めてよく考える。それが成熟した民主的な社会のありようなのでしょう。
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