« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月30日 (土)

産学共同研究の間接経費がすごい展開に

「産学共同研究 間接経費比率見直し 文科省・経団連 大学の負担軽減」を2016.4.28付の「大学・産学連携面」に掲載しました。
大学が外部から得る研究費は、用途に応じて大きく2つに分かれます。実際の装置や人件費(この研究のために雇用するポスドク)に使うため、研究者が受け取る「直接経費」と、研究で使う建物や光熱水費などを負担している大学本部が受け取る「間接経費」です。昨年は文部科学省と内閣府が、国の競争的資金において「間接経費は、直接経費の3割を上乗せして支払うのを定番化する」と表明しました。大学(や研究開発法人など)つまり組織側を支援するには、十分な間接経費が必要だとみているためです。一方で、産学共同研究費は、民間企業がその資金を出すこともあり、「自分たちの求める研究のために大半を使ってくれないとイヤ。大学の運営は国のお金で手当すべきことでしょ」と意見が割れる傾向にありました。これを、「大学が内訳をきちんと計算し、研究成果創出の責任も持つなど、管理をしっかりした大型研究(1件1000万円など)の場合は、産学の交渉によって、間接経費比率をよくある1割でなく大幅に引き上げることも可とする」と合意が得られた、という記事です。
この話、おもしろいと思ったのは、ある大学、ある企業のやりとりではなくて「文科省が設定した検討会において、産業界と大学の幹部が腹を割って議論をして、導いた結果」ということです。内情を打ち明けるため、当初は検討会が非公開でした。そのため私は話が進んでいることも、途中段階での報告書がウエブにアップされたことも、気づき損ねていました。そのころはまだ「文科省メーン担当」として、他にエネルギーをとられていたのも大きかったです。それで、検討会が公開になった段階で「何これ? すごい話が進んでいるんじゃないの!」と驚いて。取材にいくと、実質的に「経団連(の企業)と文科省(がみている研究型国立大学)での合意であり、さらに次の展開も進んでいる」と発覚。遅ればせながら記事にした次第です。でも、遅ればせながらといっても、この内容をよく知っているのは、検討会に絡んだ大学くらいじゃないかなあ。ということで、「すごい話でしょ」とちょっと自慢の記事です。

うっかりしていたのは、今年の政府の動きが例年と異なるせいもああります。いつもなら通常国会は6月末までで、6月半ばの政府の骨太の方針などに向けて各省庁の議論が集約していくわけですが、それが選挙の関係でどれもこれも前倒しになっています。昨秋の臨時国会がなくなって、今国会の開会が1月末でなく1月頭に早まっているので、トータルとしては同じ日数(のはず)ですが。「ええっ、これってもっと先だと思っていた」と慌てるケースはないか、連休中に振り返っておかなくてはと思っています。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月22日 (金)

あみん「待つわ」

博士課程に入る時の指導教員選びには、たくさんの注意事項があります。私が入学を思案しているときにビビッったのは、「論文を指導教員に渡しているのだが、何ヶ月もほおりっぱなしにされていて指導してくれない」というケースでした。仮名で本で読んだ例にすぎないのですが、恐ろしい思いを持ちました。何人もいると最近では、アカデミックハラスメントで訴訟もありうる案件ですよね。

実は最近、待たざるを得ないケースが多く悩んでいます。それで、昔はやった流行歌が頭に浮かびます。「あみん」という女性デュオの「待つわ」です。恋の歌でサビは「待つわ~、待つわ、いつまでも待つわ」というものです。小学生時代の通信簿で「諦めが早い」と書かれた私ですが、「人生、こういうときもあるんだな」、ととらえます。

この歌はこの先の歌詞もすごくて、「他の誰かにあなたが振られる日まで」と続きます。純粋に焦がれる気持ちと、皮肉めいたいじわるな心持ちとが入っていて。私なら、ここにどんな文章を入れようかな、と思案して、少し気を晴らしてみましょうか。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月17日 (日)

大学のメディア懇談会をうまく活用する

某大規模私立理工系大学のメディア懇談会に、仲間と二人で参加しました。急ぎ出稿のニュースは出ませんでしたが、理事がオムニバス形式で各担当分野に置ける話題をちょっとずつ提供。教員の研究紹介と合わせ、中身が充実していました。その後の懇親会(立食パーティ)では各記者が、関心あるテーマでその続きの話を聞き、私も「まずこのテーマ、それからしばらくおいてあの案件で取材を申し込もう」と、得るものの多い会合でした。

 帰りには、仲間が「A理事、注力しているB研究開発法人のプロジェクトでは、Cの件はDだっていっていましたよ」といい、私は「本当? 大学と研究開発法人は全然、違うってこと? A理事は少し前まで国立大だったから、今の私立大の相違もわかったうえでのことでしょう?」という会話です。双方で話を付き合わせることで、次の取材企画に発展しそうな切り口をゲットです。嬉しいですね、年下の仲間も成長しています。

 とくにこのほどスタートした大学面は、弊社の科学技術部や支局の記者総出でつくっていこうというコンセプト。大学担当の私だけの紙面ではありません。日々の紙面を“埋める”ことだけを考えると、今回のメディア懇談会は「なんだ、発表ネタはないのか。二人も出向いたのに」というものかもしれません。でも、「多忙で人手がなくててんてこ舞い」という時期でなければ、こういう時間は記者の成長、紙面の発展につなげる大事な機会ととらえていいと思うのです。記事を即、出すという姿勢ともに、時間をかけてネタも人も育てていく意識と、両方を大事にしたいと思いました。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月 9日 (土)

大学・産学連携新設! と花粉症デビュー

2016.4.7に1面「東大、新VBファンド 経団連・VCと企業創出」を、27「大学・産学連携面」に「阪大、法人制度に申請 『指定国立大』 財務基盤を強化」を、それぞれ掲載しました。この日から、毎週木曜日付に「大学・産学連携面」が新設されたのです。正しくは(よくご存じの方にとっては)「復活」。この日の新たな門出を飾るべく、大きめのネタ二本立ての紙面展開となりました。


「大学面」は今でこそ一般紙であちこちで見られますが、弊紙が2003.4-2013.310年間、展開していたころは、ほとんどみられませんでした。2004年の国立大学法人化前から、私が担当となり、産業総合紙として産学連携に軸足を置いて記事を出してきました。面がなかった直近の3年間、私は文部科学行政担当のメーン記者として動きました。つまり高等教育局にも出入りはするも、「(科技3局といわれる)研究開発局、研究振興局、科学技術・学術政策局の案件に責任を持つ」という立場でした。それが今年の1月、4月の人事異動により一区切り。再び専門記者として、格段の力を発揮しなくてはいけない形で“戻ってまいりました”。

今回の2件でさっそく、緊張も最大級でした。というのは、東大ものはブランドニューのスクープではありません。Aという話、Bという話がそれぞれ、別個の情報で出ていました。それが実はつながっている。Aだけでなく、B単独でもなく、東大はもっと大きなうねりを作り出そうとしている、という内容でした。「この視点で気づいているメディア人は私だけ」と推測するも、周囲を別のメディア人が取材していたので、「大丈夫かな」と気になりながらの新聞制作でした。

阪大の件は最初、メディア懇談会の中で、ちらっとヒントが出たのです。でも、それだけでは記事にできない、悩ましい状態でした。他メディアは高大接続だとか別のテーマに関心を示しています。この件、知らないのかなあ~。というわけで追加で話を聞きに、別の人にアタックしたところ、「指定国立大学の新制度に、間違いなく申請する」との発言がつかめまして。いわゆる、“裏を取った”形ですね。「これならいける!」とニュースに仕立てる決断をしました。でもこれも、他メディア人もヒントは同等に得ているものですからね、「先に記事にされてしまわないか」とどきどきでした。

というわけで寝床で朝、「あの件、大丈夫だろうか」と頭に浮かんで、起床時間よりずっと前から目が冴えてしまう事態を、久しぶりに味わいました。新聞記者としての醍醐味とストレスの表裏一体です。でもちょっとストレスが過剰だったのでしょう。…私、花粉症を発症しました。ちょうど、この記念すべき紙面の日に。重い風邪と同等の、予想以上の症状に見舞われて、重ねてショックです。ところが同僚に「仕事でがんばったから、花粉症が発症しちゃった」と、働きぶりをアピールしようと思ったら、あの人も、その人もすでに花粉症……。そっか。病気といっても、決して重篤で希少なものではありませんから、不幸中の幸、と考えることにしましょう。大学・産学連携面新設の門出を祝うべく、私も“花粉症デビュー”ってところでしょうか?!

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月 3日 (日)

日刊工業、100周年の名刺と活動

Photo

年度替わりとなりました。2015年度は日刊工業新聞は100周年でした。本当は周年としては「2015年」ですが、「2015年度」という拡大解釈が社でされていました。名刺が特別バージョンだったのですよ。周年のロゴが入った上、コーティングされています。名刺交換で「ぴかぴかしていますよ」と先方にいわれ、「弊社は今年、100周年なので特別なのです」と話のきっかけになる、という仕組みです。それが新年度から、元の名刺に戻ります。写真のうち、下になったのが100周年用、上に置いたのが通常バージョンです。

3月頭あたりから、「4月に会う人にこの名刺を渡すと変だよね?『ぴかぴかしていますよ』『昨年、100周年だったものですから』って会話、ヌケているもんね?」と思いまして。「使い切らなくちゃ」と意識し始めました。名刺入れを私、4つくらい持っているのですよ。デイリーの持ち歩きと、パーティ用に枚数が多く入るブランドもの(ちょっと見栄張り)と、職場対応だけでなく家から持参できる分と、それから…(笑)。ので、「使い切ったな」と思っていたら、別のとこから【ぴかぴか】が出てきたりして。日程的にはほぼ、ちょうどの使い切りとなりました。

100周年では、記事執筆以外にも社から「がんばるように」といわれた活動がありました。具体的には伏せますが、記者では苦手の人も多い活動です。でも私は、「よしっ、来年以降はともかく今年は、全力でやってみよう。『どれだけできるものなのか』も興味があるし」とその気になりました。結果、なんとパターンAが18、パターンBが10、パターンCが2、次年度ずれ込みが3。すみません、何の数字か不明なままで。ブログ(日記)ゆえ私の備忘録ということでご容赦を…。とまあ、「必死にやれば、こんなにできるものなのか!」と感慨深い結果、自分の意外な一面を見いだす結果になりました。

この週末、スケジュール帳も新しいものに入れ替えました。さあ新年度、がんばってまいりましょう!

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »