新型コロナの1年、テレワークがキーワードに
テレワーク…。なんて素敵な言葉なんでしょう。それは突然に始まりました。「おおロミオ、私はその名を知ってしまった」みたいな感じです(笑、ロミオとジュリエットのセリフの改変)。2020年の新型コロナウイルス感染症は大変な時代のエポックとなりました。個人的には(社会的な問題はちょっと棚上げして)、仕事とプライベートがこれまでになく密接になり、最大のキーワードがこの「テレワーク」でした。
テレワークは私の部署では週数回で、ずっと継続されています。新聞社として「部署ごとに、突発案件に対応する体制を整えている」ことが重要なので、感染があっても一部で抑えられるようグループ分けをし、交替で職場に出ています。あとはフリーライターと同じで、取材の行き来も原稿執筆も、どこかは問われない。もともと、テレワークがなじむ職業だったわけですね。
なんといっても、往復の通勤時間3時間が不要になるのが大きいです! 生活に余裕ができて、仕事も効率的に進むのは当然です。実際に私、急なテレワークだった春でも出稿行数は減っていないし、ニュースイッチではオンライン授業のニュースや読み物、テレワーク関連の論説コラムなどで、例年以上にヒットを出しています。そして、他メディアより先にニュースを出すことが、新聞記者の記事として重要とされてきたけれど、時代が変わったことを、心の底から感じています。ニュースで出遅れてもどうってことなくて、切り口が他と違う解説など「いい記事」を書くと、ウェブのページビューが高いということに、確信を持つようになりました。テレワークでもそれは問題なくできるわけです。キャップクラスの同僚の一人も、「ウエブ取材のおかげで、地方の研究者の取材がバンバンできる。担当にもよるけれど、テレワークなしに戻す理由は、なにもない」といっていました。。注意がいるのは、異動を含めて経験を十分に積めていない記者の、人材育成でしょう。隣席の先輩にこまごまと教えてもらったり、上司に対面で怒られて深く反省したり、取材先と関連テーマでのおしゃべりで次のネタを見つけたり、といった成長の機会が激減したからです。弊社だけでなく社会全体として今、若手・中堅の人材では大きな問題になっていくのではないでしょうか。
プライベートでは新年早々に郊外に転居をしており、こちらで新型コロナを迎えた(?変な言葉)のが幸いでした。前のマンションは、巨大なルーフバルコニー付きというめったにない出物だったので選んだのですが、古くてかなり寒い&暑い。おまけに仕事関連の活動をする部屋を北部屋にしていました。でも新居では南側の部屋を当てられ、今の季節も快適に仕事ができるというわけです。時間の余裕ができたおかげで、ウォーキング&ジョギングを終業後や昼休みなど、平日でも可能になりました。農家の直売が多数、点在する田舎に移ったのもちょうどハマり、採りたての野菜を買い集め、自宅での食事が増え、これまでにない健康的な生活が実現しています。
激減したのは、仕事先とのコミュニケーションがウエブを含む最低限の取材となってしまい、シンポジウムで講演するとかパーティーとかでオシャレするチャンスです。お金も時間も対人関係も、飲食の懇親会や装飾(造語です。化粧とかお出かけファッションとか)に使う分が減りました。でも。私は本の出版の計画を進めていたので、「今年はこれに集中できてよかった」面があります。
というのは、以前は「よし、土日は1日9時間で本の執筆を進めるぞ」ってできた(博士研究の時も同様)けれど、もはやそれが通じないことも実感したからです…。元々、体力がないところに先日、56歳になり、「土日に集中して取り組むといったって、1日7時間もやったら、もう体が動かない」状態だったのです。テレワークがあってもまだフルタイム勤務ですからね。あと4年は「調整しいしい」です。来年はこの本の出版関連もあり、やっぱり今より社会コミュニケーションが増えるといいなあ~と思っています。
ちなみにテレワークで「1日はだれもが24時間の枠の中でやっていたのに、1日3時間も増えた」と心底、感動しておしゃべりしていた時のこと。相手の地方国立大学の女性教授(独身)に、「私は通勤時間がもともと5分。大学がクローズでも教員はOKの時は毎日、研究室に行っていた」といわれました。「自宅の書斎に相当するのが、大学の自分の居室なんだ」「自宅の部屋をゆったり使えるのは、家賃が安いからという点だけでないんだ」と地方と都市部の最大の違いに気づきました。
新型コロナで大変な医療関係の皆様への感謝を忘れずに、年内そろそろ店じまいです。それではまた来年。