社会人大学院の博士課程、世にも恐しい話
自宅で資料を片付けていたら、かつて社会人博士学生だったころ、「あそこに入学しなくて本当によかった」と思わせるスゴイ話を聞いた時のメモが出てきました。名を伏せても当時ではとても公にできない話でしたが、B5ノート4ページにわたって書き記していました。10数年を経て復活させます。 記者魂、ここにあり(笑)。まあ、当時の教員はほとんど代替わりしているでしょうから。まるで「関係者の大半が亡くなって、初めて出てくる暴露本」みたいです。
対象はかつて、社会人に大人気だったA大学の大学院(MBAと似ているけれどMBAではない)です。話してくれたのは、渦中にいてそこを辞めて、私のいた大学院の博士課程に入りなおした社会人同世代のBさんでした。社会人向けを大々的に売り出す大学院は、A大学に限らずどこも、新設なので教員の出自はさまざまです。それゆえに大変なバトルがあって研究科がメチャクチャになった…ということのようです。
例えばメーカー出身で工学系博士を持ちながら、社会科学系の学術型の大学院を改めて出た教員は、高度な研究志向を何かにつけて口にします。企業出身ながら海外で博士号を取った教員は、出羽守(米国”では”、欧州”では”を連発する)間違いなしです。元官僚は、企業より肩たたきが早いことから博士号を現役時代にとる事例の一つですが、「学生の人気は高いようだけど、官庁から資金を持ってこないんじゃあ、意味がないよね、と教員仲間に揶揄されている」のだとか。学会賞を受賞した教員も、「あんなのはたいしたことがない」と同僚に軽口をたたかれる(レベルの低い学会だね、といういい方をされる)とか。
きゃああ、これを書くだけでも怖いです。私が思うに、普通の研究科だと、アカデミックの先生は研究第一で、勢力争いに関心がない人も多い。でもこういう分野の新設の研究科は、アカデミック一筋の人が少ない世界なので、「俺にだって主導権がとれる」という勢力争いになり、荒れる。今なら私も、そうわかるようになりました。
教員の仲が悪いのはまあ、時々あることですが、社会人学生の博士号審査にそれが持ち込まれてしまうというのがポイント(恐ろしい話になるポイント)です。普通、博士論文は予備審査が、課程修了(博士号取得による卒業)の半年くらい前にあります。「これじゃ学位は無理でしょ」というレベルの学生は、ここではねられます。つまりここをなんとか、パスするレベルになっていれば、最終審査の公聴会(といっても学外人には公開していない大学が多い)も通るのが一般的です。
そしてその審査員の教員は4人くらいかと思います。私の時は「東京農工大での学術博士(工学博士ではない)はほぼ初めてだから、変な傷を残さないように(少ない教員を山本が適当に言いくるめて学位をもっていった、などとなると後の学生が困るから)多めにしましょう」と指導教員がいって、6人くらいだった覚えがあります。
ところが。A大学のその研究科はすごい方式でした。公聴会の後に15人の教員全員が投票(〇、×、白票)して決めていたというのが驚きです(今はどう変わっているか存じませんが)。予備審査は通っているレベルであっても、公聴会の段階で×が大量に出て、学位不可という例が頻出したというのです。審査を受ける学生の指導教員と、敵対する別の教員が、×を出すわけです。
批判も滅茶苦茶で、「そもそも君は、研究がわかっていない」といわれたりするのだとか。最終審査の段階で、ですよ。予備審査は何だったんですか? と思わざるを得ないではないですか。ほかの部署も経験している事務方も、こんなのは聞いたことがないと驚いていたとか…。
ぐちゃぐちゃの状況は5年ほど続いて、「今は公聴会を通る学生はほとんどいない。C(官庁系独法)から派遣の人は仕方ないから(官庁とのコネ維持の問題があるから)通しているくらいで」とのことでした。なぜこんな状況がまかり通っているかというと、普通の若い学生がいない世界だからかな、と。
修士課程も人気(ブランド力があり、都市部にあり、国立大なので学費が安いということが理由)で学生数は多かったのですが、修士は博士と違ってどこでも、学位授与に厳しくありません。修士の学生は問題なく修了できて、「博士課程の先輩たちはひどい目にあっているな」と思うだけでしょう。ついにこの状況が、学内に知られることになったは、修士も交えた40人の前での発表会で、「君は能力ゼロ」的な直接的な悪口を教員に言われて、泣いて帰った社会人博士学生が、学内コンプライアンス担当窓口にパワハラを訴えたからでした。
博士学生が片端から聞き取り調査に呼ばれました。一人ずつ、担当の副学長ら10人の教員がずらっと並んだ前で、同研究科の教員一人一人の評判を尋ねられたそうです。ある学生は「出張で時間がとれない」というのに粘られて、事務方が(たぶん新幹線到着のJR駅に)出迎えて、聞き取りの開始は夜の10時半。要の場面のことに及ぶと、ずらりの教員が皆、固唾をのんで身を乗り出したとか…。
私は当初、この大学院も入学候補にしていて、Bさんらのゼミに参加したことがあるのです。その時、指導教員の候補と考えていた教員と、考え方が合わないと感じて(私の研究の仮説を強く否定し、思案する雰囲気さえなかった)、学生からの質疑もあまりに攻撃的で、その場で「ここは絶対に入学しないぞ」と判断した過去です。MBAとかビジネスのエグゼクティブは、議論で勝つことを重視しているからですかねえ。普通の理工系修士卒の私には衝撃的でした。
Bさんは「5年在籍して、海外の学会発表も自費で行って、なんやかんやで(国立大なのに)500万円も使ったのに」「山本さんの判断は正しかった」と悔いていました。それで私のいた農工大に入り直した(論文は何本か通っていたので、学位まではあと一息)といういきさつです。あの時、ゼミできつい言葉を私に吐いていたCさんも、同大はもう無理だと、5年くらいの在籍の上、あきらめて、別の大学の博士課程1年に入り直したとの話でした。
私がこのブログ記事で伝えたいのは、「社会人で博士号を目指す人は多いけれど、みんな気楽すぎですよ。修士号は学部の続きで簡単にとれるものだから、たいして調べないで進学する人ばかりで」ということです。普通の大学院でも、かなりの割合で中退(学位を取れずに終わる)になりますし。
基本、博士課程では「研究は、自分一人で進めなくてはいけないもの」なのです。教員は、修士までのように、気を使ってくれないのです。指導教員はサジェスチョンをするだけなのです。博士課程ですから。ましてやA大学のような問題があるようでは、それはとても…(涙)。そういう大学を、そういう先生を選んだということで「本人の責任」といわれてしまう。社会人ですからね…。
こんな恐ろしい内容のブログは久しぶりで、申し訳ありません。でも「社会人の博士課程の大学選びは慎重に」と伝えるうえでは、10数年前のA大学の事例は最適のケーススタディー(MBA系の研究で多用される言葉ですね)だと思いました。ちなみに1年ほど前に、とある筋から声がかかってこの研究科へ取材に行きました。取材相手は40代半ばの先生だったので、「その後に他所から来た先生だろう」と想像しつつ、怖くて当時のことは口にできませんでしたよ~。
別件、先日話していた右手の痛みですが、皆様にご助言いただいて、なるべく使わないようにしていたおかげで治まりました。口コミも含む非公式情報も、公式情報も本当に大切です。情報をがっちり集めて、頭を使って、努力を重ねて、人生を生き抜いていきましょう。
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コメント
蔵前の同窓生です。
もしかしたら、あの博士課程かなと言う心当たりがあります。
ちなみに自分は修士を東京農工大学のMOTで修了し、非常に楽しい社会人学生生活を過ごしました。
投稿: 熊坂 治 | 2021年5月25日 (火) 18時57分
苦笑い
私も教室内紛に巻き込まれ、もうダメかな。と、
懇意にしていた 他講座の教授が「うちにこい」と助け船をだしてくれて、なんとか学位までたどり着きましたが、
ひどい目にアイマシタ。 学部(院とは別大学)時代もパワハラで相当やられましたが。
風の噂では隠し録音で後輩たちや、かっての同輩たちが裁判で勝訴したとかしないとか。 良い時代になったと思います。
投稿: | 2021年11月 5日 (金) 17時59分
熊坂さん、コメントありがとうございます。アカハラはけっこう、頻繁に見られますねえ。皆さま、せめて入学前は慎重にどうぞ!
投稿: カヨコ | 2021年11月 6日 (土) 11時32分