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2024年8月

2024年8月31日 (土)

KINOKUNIYAの新業態を目白駅に見る

8月の暑い盛りに、日本女子大へ取材に行きました。春秋だと山手線の目白駅との間を歩く(15-20分ほど)のですが、このシーズンはさすがにバスを利用します。本数はとても多いので問題ありません。帰りは「目白なんておしゃれな街、近くに素敵なお店などあるかもしれない」とキョロキョロしていたら、一つ見つけました。

JRの駅直結のところに、紀伊国屋がありました。

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写真の右に、JRのクレジットカード、VIEWのATMが入っています。左が店舗です。

同じ店名の書店もありますが、こちらは高級食料飲店の方です。店舗の外に出してある商品は、エコバックなど。「? お客さんを引きつけるような、魅力的な商品とは思えないけれど?」と思いながら、中に入りました。すると…そこは無人店舗だったのです。

バックヤードで人の気配はしていますが、店内は無人です。買い物かごをとって、開き戸を押して中に入り、ぐるっとコの字型に並んだ商品棚を見て歩きます。戻ってきたところに買い物かごを置く場所があり、置くといきなり「合計◇円」と出てきました。おお~。店舗内の商品数がそう多くないため、商品名と価格の情報タグで即座に計算してくれるのですね! 同様の仕組みを、ユニクロの大型店で経験したことがあります。が、この小ぶりの駅併設店舗で、JR利用者や近所のオフィスワーカー向けの限定した品ぞろえで、というのもあって新鮮な印象を持ちました。

そして最後。支払いをすると、出口に面した開き戸が自動で開きました。使い終わった買い物かごは、最初に買い物かごを取り上げたのと同じ場所で重ねて置いていきます。つまり入口と出口が接していて、ぐるっと一巡する具合です。なるほど、狭いスペースで上手にできています。

私はちょっとしゃれたお菓子を買って、いつものリュックに納めましたが、ここで気が付きました。いっとう最初の店先に、エコバックが置いてあったことを。「お買い物の袋をお持ちですか? なければ、まずエコバック購入からどうぞ」という意味だったと。スーパーマーケットだと最後に出てきますが、最初に置いているのはなぜなのでしょうね…? ちょっと考えてみたいと思います~。

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2024年8月25日 (日)

昭和女子大、理工系学部で勝負& 金沢大VCに注目が集まるわけ& 国立大統合4事例

1.昭和女子大の理工系新学部構想です。以前から「今の理工系強化による新学部・学科は博士人材の就職先として、かなり影響があるのではないか」と思っていました。それも女子大の教員ポストだなんてなったら、公募は大人気まちがいなしですね。写真はDsc_1743 本部がある世田谷のキャンパス風景です。真夏の女子大ゆえ、日傘が目立ちます。記事はこちらから。

2.金沢大学のVCは前から気になっていました。旧帝大の次のクラスの地方大学で、頑張って100%子会社での挑戦ですから、取り上げたいなと思いましたが、直接のツテがなくて。ところが5月に北陸地域のベンチャー支援組織、TeSHのキックオフイベントに出席(パネルのコーディネーターで)したことから、VC社長を務める松本先生と、名刺交換ができまして。「よしっ、取材するぞ!」となったわけでした。記事はこちらから。

3.国立大学の近年の統合事例は、理事長を置く方式が多勢となっています。東京科学大のケースと、ここ数年のアンブレラ方式3法人の事例を取り上げました。全国の記者の協力で、新聞の最終面で大きく取り上げられました。記事はこちらから。

お盆を含め今8月は意外と、記事からブログまで、内容が盛りだくさんです。9月末まで「次はこれ、あれはその次」とアップの予定が続きます。充実させていきますので、ご愛読をよろしくお願いいたします~。

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2024年8月24日 (土)

買物はシニアの楽しみか、どうか

かつて今の私と同世代だった年長男性の知人と、まだまだ若かった40代の私がおしゃべりをしていた時のこと。「この年になると、買いたいものがなくなってくるんだよな」といわれて、驚いたことがあります。確かに考えてみると、モノが欲しいというのは、モノを持っていない若い世代の思いです。当時の知人のように、それなりに年齢を重ねたらモノもそれなりに持っているから、買い物三昧ということにはならないのだな、と気づきました。

楽しみのためのお金は、体力があれば旅行やゴルフ、観劇などの遊びに使う。さらに体力がなくなって老年期に入ると、「最後は食の楽しみですかね」というのが、おしゃべりの結論でした。

そして私が50代半ばになった時点では、「定年退職後は再雇用でも仕事量を減らすだろうし、服も手持ちのものを維持する形がメーンかなあ」と思っていました。ところが。その頃から、社会情勢が大きく変わってきました。「人生100年時代です。早々にリタイアすると後、することがなくて困りますよ」「70歳くらいまで働くのが普通になってきています。ほーらアンケートでも皆、70歳まで働きたいって言っていますよ」「年金受給は後ろ倒しにすると、こんなに金額がアップしますから」といった情報が、増えてきたではありませんか。

高齢化が進む中で政府の財政上の戦略というのが大きいと分かってはいます。が、周囲にも「60歳前に退職して、まったく異なる仕事(介護など)に就いた」という事例が出てきて、刺激されるようになりました。

ついに私も「70歳を一つのメドに、細く長く働き続けようか」という気持ちになってきました。フルタイムはパスしようと思っているんですよ。元々、頑強でないところを、必死に頑張ってフルタイムを維持して、定年退職が見えて状況なのですから。さすがに労働時間は減らしたいです。でも、まだ「着るのはリラックスウェアばかり」という引退世代にはまだまだ、間があるわけです。ということで…。

じゃーん! 写真は今夏、購入した服と小物一覧です。Dsc_1663 正確にはこれに、黒のパンプス(ヒールのあるパンプスの購入はそろそろ、最後かもしれません)など、あと数点があります。私は可愛いものが好きなのですが、〈若づくり〉とみられるのは嫌なので、「60代半ばで着ていて、おかしくないか?」という禁欲的な面(笑)も併せての、お店回りでした。

もちろん定石は毎年、少しずつ買い替えていくことだと思いますし、これまではそうでした。でも。定年退職でこの先は、収入がどうなるかはっきりしないじゃあ、ないですか。「収入減で委縮してしまう前の、フルタイムのラストイヤーは貴重。お金を使うなら今!」と判断したのです。

これは先のブログで取り上げた、先端人間ドック約30万円も同じ発想でした。結果的には高額にならなかったけれど、白内障手術(当初は保険が効かない80万円レベルの眼内レンズを考えていた)も、「お金を使える今のうちに」と思った面がありましたね。

といことで。仕事、この先もしっかり考えていきます。新しい服を並べたクローゼットにうっとりしながら、誓いを立てるのでした。

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2024年8月18日 (日)

J-PEAKSと国際卓越の2年目& 女子枠だけでない入試改革の議論を& 農工大ベンチャーの牛群創出  

1.J-PEAKSの2年目申請状況の発表については、前回のブログでも書きましたが、「うっかり記事にしそびれて」いました。お盆前は多忙でリリースをきちんとチェックしていなかったためです。

以前にもブログに書きましたが、「休みの前の駆け込みリリース」はボツになりやすいので、避けた方がよいです。やる気のない公報で、「リリースを出したら、私は後は関係ないです」というのなら、それでよいのでしょうけれど。メディアに取り上げてもらいたいなら(タダで書いてくれる)、リリースのタイミングは思案した方がよいと思います。

あっ、それで自分を正当化するつもりはありません。チェックしそびれていたのは私が悪かったのです。見つけて、慌てて執筆しました。そうなると現金なもので、「他のメディアは全然、注目していない様子。お盆前でスルーされやすい時期のリリースで、ラッキーだったかも」とも思っています。

記事のポイントは、判りますよね? 2024年の第2弾において、J-PEAKSの申請状況が固まったことにより、国際卓越の申請予定大学も連動して判明した、ということです。8大学が競います。2023年は10大学だったのから、たいして変わっていません。

再度の申請ですから、各大学ともかなりの変化を仕掛けなくてはなりません。そうでないと審査委員は皆、怒り出しますよ。「去年とあまり変わらないけれど、申請を諦めたなんていうと格好がつかないからやっているだけ」みたいなのは、きっと3度目のチャンスはないことでしょう。

もちろん私は委員ではありません(私が入り込めるようなレベルではありません)。でも他の事業とは別格の注目度ですからね。おそろしく手間な審査であり、「また、同じ8大学でする」のだと考えると…。皆様、頑張ってください。記事はこちらから。

2.理工系の女子枠というテーマは、私の取材・執筆活動のひとつのエポックになったかもしれません。入試は一般社会の関心が高くて、大手メディアも教育の記事の中では最重視していますよね。大学入学共通テストに関係があるのは、国民全体のごく一部にも関わらず毎年、実施の翌日に全問題を、大手新聞が掲載するくらいですから。

対して日刊工業新聞社では、まったく取り上げないテーマの一つでした。なので私も、「AO入試って言っていたのは今、何に変わっているのだったっけ?」というレベルから始めました。そして女子枠の取材を進めるうちに、「これは男女の問題ではなく、未来に向けて入試改革をどのように進めていくかという話だ」「けれども受験生もその親も、10数年先に進学する子を抱える家庭も、卒業後0‐80年たつ卒業生も皆、よく理解していない」と気付いたのです。そんなギャップを感じたのはある意味、私が入試業界の「よそ者」で入って取材したからだ、と振り返りました。

この「外からの視点」という意識は、多くの活動において重要になります。というのは、「内からの視点」は、社会の1コミュニティーにしろ、企業や大学のような1組織にしろ大勢、そこにいるのだから。外にいるだけ、の人も大勢います。その結果、大学人は入試に限らずあらゆるテーマで、「大学改革の取り組みを、納税者が理解してくれない」と嘆きます。産業界は、「世の中のニーズを、大学はわかっていない」と批判します。もう何十年も、その状況が続いています。

「外の立場や経験を踏まえて、中を見たり経験したりし、これからの社会としてあるべき方向性に向けて考え、発言できる人」は、なかなかおらず、貴重なのですね。メディアのように内と外にまたがる経験をしてきた人は、双方の懸け橋となる活動が、ある種の任務だと改めて感じます。「一度、自分には関係ないと考えても、懸け橋がミッションなのだから、少し無理して頑張って、取り組もう」。その意識を持つようになったという意味で、自分にとってのエポックになったと位置づけています。記事はこちらから。

3.「研究開発成果を事業化し、大学改革につなげていく」という流れを、一つの事例で示すならこんなかなと思うのが、こちらの記事です。東京農工大は千葉学長が突出していて、優良企業のカリスマ社長のようです。その先見の明を、学内の教職員がうまく受け継いで伸ばしていかなくてはいけません。さらにはそんな次世代の人材が、育ってくることが大切です。

まさに優れた社長ゆえ、先が心配な中小企業という感じです。今回の取材先の一人は、卒業生でベンチャー役員で同大の特任教員でした。こういう人の成長が、効いてくるのでしょうね。

ちなみに同大の府中キャンパス(本部と農学部がある)で、午前と午後の二つのアポを入れ、生協食堂でのランチの後に農場へ足を延ばしました。写真です。

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 実は今回の取材に関わる牧場にも行きたかったのですが、さらに奥にあり、残念ながら鍵がかかっている(部外者は入れない)とのことでした。動物なんて、見るだけでも楽しいじゃないですか。記事に子牛2匹の写真(子どもかどうか、成牛が近くにいないとサイズ的にもわかりませんが)を載せられたのだって、嬉しいです。農学部や獣医学部を持っている大学に行く機会があれば、見学をお願いしてみると、よいかもしれませんね。記事はこちらから。

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2024年8月17日 (土)

お盆の省内電光掲示板、幹部は在席・不在が半々

文科省の記者クラブには、省内の他の部屋と同様に、省内の局長ら幹部の在席有無を知らせる電光掲示板(?)があります。黄色の点滅が在席、白抜きが不在を示しているので、官僚の間で説明に出向いたり、問い合わせをしたりする上で、参考にするのでしょう。ちなみに国立大の役員の各部屋などにもあります。国立大は元々、文科省の1部でしたから同じシステムなのですね。

8.14水の出勤、出勤率は半分ほどでしょうか。写真の天井付近にあるものが、それです。
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私はこの日、リリース直後に取材しそびれていた某案件を取材・執筆しました。発信元は文科省系の法人です。お盆時期だから「いるかなあ」と電話すると、対応者がまず出て、課長に替わりました。皆さん、出勤していますねえ。

そして最後に向こうから、「お盆の時期に問い合わせていただき、ありがとうございます」と言ってくれるではありませんか。私は「いえ、お盆の前にリリースされていたのに、今頃になっての問い合わせでお恥ずかしいです…」と返答しました。

実は、相手に「聞きたいけど、ストレートに聞いたら失礼かな」と思う切り口がありました。それをちょっと別の角度から質問してみたら、聞きたい内容をうまく引き出すことができました。なので相手に感謝の気持ちを持っており、なんとなくいい感じのコミュニケーションをしてしまいました。

向こうも「お盆だから何もないねえ」と思っていたのでしょうか、こんなことを言われたのは初めてです。まあ私も、お盆の時期に問い合わせをしたのはたぶん、初めてですが(笑)。

その案件とは。地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)の2回目応募締め切りの状況、でした。これについては明日付のブログで解説しますね。

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2024年8月11日 (日)

東京理科大、J-PEAKSでウルトラC& 北陸先端大が全国に存在感を示せる理由 

1.卓越研究大学の初回公募で、一般社会にとっては意外で、結果として最も知名度を高めたのが、東京理科大学ではないでしょうか。このことは公募10大学が判明した時分にも書きました。私立理工系のトップ大学ですから、私の周辺で同大を知らない人はいないと思います。が、そうでない人に対しては、応募で名前が表立ったことは、かなり効果があったのでは、と振り返ります。

「国際卓越なんかどうでもよくって、もうそれだけで、満点」と思ってしまいました(笑)。けなしているのではないですよ。実力は高いのに世間に知られていない大学を、どう応援するかということは、私が日々、悩みながら工夫している切り口なのですから。

もっとも、「そうはいっても、2回目も応募するのは無理しすぎでは…」というがまた、多くの人が考えるところではないでしょうか。私も「地域中核・特色大学の事業(J-PEAKS)へ転向する可能性が大」と考え、時々にサーチをしていました。そのプランがジャジャーン、このほどオープンになりました。

最初に思ったのは、「私立医科大学のトップクラス、慈恵医大と組んだ医工連携か。10月発足の東京科学大学(東京医科歯科大+東京工業大)と似ているかな」ということでした。すわ、国立大学タッグvs私立大学タッグ、かと。でもリリースをちゃんと読むと、理科大の相手となる慈恵医大は「最初のケース」にすぎないとわかります。理科大が得意とする他分野で(相互補完できる相手となら、きっと不得意分野でも)多様な私立大学と、統合などはせずに連携する計画なのだとわかります。科学大は完全統合ですから、それも含めて決して、似たものとは言えないなと思い直しました。

ちなみにこの件、最初に目にしたのは8.3(土)の朝日新聞の夕刊で、でした。抜き(同社のみの記事)、ですね。理科大は最近、東工大と組んで、朝日新聞社が手広く企画した理系女子のイベントを開いていました。その流れで朝日新聞の教育担当記者が、学長を取材するのは自然なことです。ちょっと悔しいけれど、「さすがですね」と思う面もあります。

週あけて5(月)9時にリリースが出たのですが、私が注目したのは、ニュースイッチのコメントで書いたように「J-PEAKSへ慈恵医大と連携して応募した」という点です。これ、朝日の記事では書かれていないんですよ! だから私の情報発信は、注目されるはず、と張り切っちゃいました。記事はこちらから。

2. 北陸先端大、マッチングハブで全国に熱いファン層を構築。 マッチングハブって言葉は知っていたんですよ。でもきっと省庁の補助事業だろうと思っていました。そうしたら、同大オリジナルだったんですね~。いいですね。独自の活動のネーミングが、一般名称みたいになっているって。関係者だって鼻が高いことでしょう。

能登復興支援の活動についてはロゴマークまで作ったそうです。ここでアップしちゃいます。Nowtogether_logo_ 確かに省庁の大型事業を獲得したあと、事業のロゴマークを設定するケースは時々、見られます。が、これはそうではないです。独自のマッチングハブ活動の一環にすぎません。それなのにマークをつくっちゃう。意気込みを感じますね。Now Together の単語を並べて、能登を引っかけちゃうのも、いいなと思いました。

もっと軽い感じの引っかけとして、親父ギャクがありますがこれ、私は実は嫌いではありません。イマイチのものだったとしても。大半の人はギャクに頭を使わない(サービス精神に乏しい)中で、皆を楽しませよう、盛り上げようとして、その場に提供してくれるのですから。そのギャグ発信者の投げかけに、反応してあげたくなるのですよ。では、記事はこちらから。

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2024年8月10日 (土)

東工大時代の研究室同門会が大盛況

7月に東京工業大学の修士学生時代の指導教員、淵上寿雄先生の喜寿お祝い会、兼その有機電気化学系研究室同門会に参加してきました。前回も出席しましたが7年ぶりで、とても楽しみにしていました。場所は大岡山キャンパスの新しい食堂、つばめテラスで、総勢80人ほどでしょうか。写真はその時のものです。Dsc_1731

私は先生が助教授になって最初の頃の学生だったので、もうすっかり「上から何番目」の年長世代です。指導教員が中堅だったというのはラッキーです。というのは、指導教員が大教授だとその時はいいでしょうけれど、すぐに先生が退職を迎え、研究室と疎遠になりがちだからです。

また、はっきり私の面識があるのは、八つほど下の世代まででしょうか。たぶん、日刊工業新聞社に入社して6年間は、化学とライフサイエンスの担当で、当該研究室にもしばしば顔を出し、取材もしていたためでしょう。

「同門会」としているのは、たぶんこの有機電気化学研究室は、継いでいる教授の稲木信介先生が、京大から助教でいらした背景があるからでしょう。東工大は確か相澤学長時代に、「東工大の同じ研究室を卒業して、そのまま教員になって教授まで昇進してはいけない」という決まりになって(人材の固定化を防ぐ目的でしょう)、その他にタイミング(昇進は十分な業績を、適切な年齢で出していないと叶わない)もあって。今回、広い枠で卒業生が集まれるように、同門会という設定にしたのだと思います。

淵上先生は相模中央化学研究所(ノーベル賞候補ともいわれる東大の藤田誠教授は、ここの出身だそうです)の理事や、企業の顧問を今もされています。驚いたのは論文を直近5年で12報発表している上に、昨今の有機電気化学の研究ブームもあって2023年に、英国王立化学会で招待の基調講演をされたということです。77歳にしてそんな活躍だなんて、研究者をしてきた同世代に、どれだけうらやましがられることか…。会の中で頼まれた挨拶で、私は「研究は競争の面もあります(厳しい分野では論文発表の一カ月差を競う、など)が、まとめていなかった研究成果を何年も後に論文に仕上げるといった、まさに”知の財産を築き、次世代に伝えていく”息の長い仕事なのだな、と改めて感じました」と述べました。

そして、同級生や前後の仲間とのおしゃべりの、楽しいことといったらありません。大学院大学(学部がくっついていない)形の研究室で、私は修士課程だけだったので2年間なのですが、実験系は朝から晩まで研究室で過ごすから、まさに青春時代をともにしたかけがえのない仲間です。

また下の世代を含めて、それなりの数の卒業生があちこちの大学の研究者になっています。大手製造業なら部長や役員になって、(地味だと私が思っていた)有機電気化学をそれなりにビジネスに導入していたり、卒業生を何人も採用していたり。ちなみに上の世代では、アキレス会長(元社長)の伊藤守さんも参加していました。メディアに就職してしまった”はぐれ者”の私(笑)としては、「これが同門の強さか…」と実感です。

はぐれの私ですが、思っていた以上に皆に記事を読んでもらっていて、嬉しいです~。また「今度、うちの学生に講演してください。周囲も案内しますよ」と声をかけてもらって、ウフフ。私の記事もさあ、次の同窓会開催は、いつかな~?

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2024年8月 4日 (日)

論説コラムで30万円人間ドックを推奨する &明大の学長インタビュー、「虎に翼」がベストタイミング

1.論説委員としてコラムを書き始めたのは、15年ほど前からです。論説委員会の当時の委員長(親しい人でした)が、「山本さん、ブログを書いているでしょ。あんな感じでいいから」と言ったので、そのつもりで執筆して出稿。そうしたら「これではちょっと…。ブログじゃないんだから」と返されて、「どっちなのよ~!」と思った覚えがあります。まあ親しい先輩の指導でしたから、本気で怒ったわけではありませんが。

つまり「柔らかいのはOK、でも社の論説委員としておかしくないものを」ということでしょう。たぶん、その時の原稿は個人的な生活雑記に近くて、社会性が不足していたのではないかと振り返ります。

そして今。現在の論説委員長の考え方は◇◇◇だと理解しています(社内のことなので秘密にします)。その中で自分は「ここまでなら、やってよいのではないか」と近年はやや、踏み込んでいます。特に定年間際のバブル期大量入社組という仲間(笑)、同世代の企業人読者に響くのではないかと思う案件を、取り上げています。

今回は、先端人間ドックです。東工大との統合が発表されてから、意識的に取材するようになった東京医科歯科大の病院で受けました。名称は「長寿・健康人生推進センター」といいます。ですが名称が難しいので、検索するなら同大の「先端人間ドック」でどうぞ。

大学関連の部局や事業の名称って、大学にしろ文科省にしろ、関係者も正しく言えない、長いものが割合と多いです。きっと計画段階で、「A先生はこういうし、B先生は絶対にこの言葉を入れてほしいというし。仕方ないか、正確な言葉で覚えてもらえなくても」という気持ちに、関係者はなるのだろうなあ、とみています。

そのセンターの1日ドックを受けて、帰り際に約30万円をクレジットカードで支払いました。なんか、いい気分でした(笑)。私は住まいは賃貸派でペーパードライバーなので、家も車も買ったことがありません。ブランド品や高級グッズは、「いいな」と思ったとしても、それにふさわしい価格でなければ、「踊らされてはいけない」と手を出しません。価値あるものに、お金を使いたいのです。

高額だけど意味があると思ったのは、若い頃の英会話教室「ベルリッツ」1年間(週2の数人単位のレッスン)100万円とか、博士課程の学費50万円ほど(国立大の学費設計で議論が始まっていますが、当時もこれくらいでした)とか、海外旅行とか、ですね。

今回の人間ドックは、それに準ずるものだと自信を持っています。最初は「1回きりなら」と思っていましたが、満足度が高かったので、10年後にまた、受けるかもしれません。記事はこちらから、どうぞ。

2.4月に就任した明治大学、上野学長のインタビューです。同大の看板、筆頭学部(全部の学部に序列があるのでしょうか…?)出身なだけでなく、法曹経験と教員経験とバランスがよく、経歴としても魅力を感じさせます。

明大の法学といえば、NHK連続テレビ小説「虎に翼」ですね。主人公のモデルが実際に、明大で学んでいました。同大博物館での企画展示も、取材帰りに見て帰りましたし、Webでも力が入っています。

写真は、このドラマの裏側や背景となる時代について、
法律考証として作品に協力する法学部の村上一博教授が、毎週解説していくWebの連載企画です。32 

今年は新札発行で、創設者らが取り上げられた津田塾大学や北里大学が盛り上がっています。でも、人気ドラマに取り上げられる方がインパクトは大きい、でしょうか? どうでしょうか。次の志願者増にそれなりに、つながることでしょう。明大は確か日本で1,2を競う、受験者数の最大規模の大学。来年はぶっちぎり1位になるのでしょうかね。

それでは記事はこちらから~。

 

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2024年8月 3日 (土)

定年退職まであと4カ月強、35年をしみじみ振り返る

暑中お見舞い申し上げます

8月に入り暑い日が続きますね。自宅の机の前に貼っている、1年通しの1枚のカレンダーで、「今日はココ」の目印の付箋も、8月にシフトしました。

私の誕生日は12月で、還暦の60歳を迎える誕生日の前日が、定年退職の日となっています。ここまでこぎつけたというのは、自分としてそれなりに画期的だと振り返っています。男女雇用機会均等法の一期生世代なので、もっと年上の女性に比べたら、はるかに仕事はやりやすくなっていました。とはいえ、記者のくせに頑強でない私のこと。よくここまでやってこれたなあ、と思うのです。

日刊工業新聞社に入社したのは、25歳の時のこと。浪人と大学院修士課程で、ストレートの人に比べて+3歳です。そこから一度も転職することなく、転勤も派遣も出向もなく(ずっと東京本社)、管理職にもならず、35年。最初から最後まで記者職というのは、産業総合専門紙の弊社でも非常にまれです。20年に一人くらいは、いるのかなあ? 思い浮かぶのは「1年だけデスク(部次長)をやったけれど向いておらず、すぐ現場に戻してもらった」という先輩が一人、という程度です。

もちろん苦しい時期は、いくつもありました。「記者が向いていないのではないか」と悩むことは、何回も。でも「この会社を辞めたい」「記者を辞めたい」と思ったことは、一度もありませんでした。それってすごいことですよね?? 

とくに後半は大学・産学連携担当で20年強、「大学と(産業・地域)社会」という切り口の専門記者になることができました。その意味で、異動をしないでいてくれた社には、とても感謝しています。「外勤の記者は、自由でいいよね」と思う人は多いので、編集の管理職をはじめ内勤(新聞制作に関わるメンバー)や、新聞以外の局の社員全員に、「本当にありがとう!!」と言って回りたいくらいの思いです。

おっとっと、早くも「退任会見」みたいになってしまいましたが、まだですよ(笑)。でも定年退職となれば、再雇用で記者を続けるとしても、働き方は違ってきます。例えば正社員では週5日勤務ですが、再雇用で週4日勤務に転換したら、「勤務時間は2割減」ですから。コミュニケーションする相手も少し、絞り込むことになると見ています。

お盆は仕事に余裕があるので、「さすがにこれはもう、不要でしょう」といった資料を処分するなど、自席を少し整理しようと考えています。もっとも例年通り、お盆直前の今は、「執筆はまだこれからだけど、取材先から写真を取り寄せたり、お盆休暇中も質問やりとりのメールを見てねとお願いしたり」で大忙しですが(笑)。写真は文部科学省内、文部科学記者会の私の席になります~。Dsc_1719_20240803184901

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